2011/06/20

東海道線/押切架道橋

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神奈川県道709号中井羽根尾線を、中井町方面から終点の国道1号に向かって進んでいる
前方の中村原交差点を左折するのが現県道だが、直進は旧県道となる

現県道は人気無いのか、皆旧道を行く

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ああ、軽トラまでもが、、、
直進する旧道にあるのが、今回の押切架道橋だが、先に人気の無い現道を見ておこう

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新しい道は、押切川を改修し、川沿いに道が造られた
東海道線は、押切川橋梁を延長した事になる

空頭標によれば、昭和44年(1969年)2月となってる

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航空写真も、1961年に新道が写って無いので、昭和44年頃にバイパス化されたのは間違いないようだ

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人気の無い現県道(しつこい)は、国道1号に出る
この間、信号機も何も無いんだが、なぜ人々は旧道を通るんだろ・・・

旧道の方が架道橋で交互通行せねばならず、通行に不便なんだが

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国道1号を右折すると、直ぐに塔台橋交差点で、こちらが旧道口となる

なぉ、小田原方面に向かった筈なのに、二宮町に入るとは面妖な・・・
と思われるかも知れないが、この辺は市町村境が複雑なのだ

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旧道から東海道線、先程の架道橋を目指す

目前の名称不明橋だが、これまた市町村境である。橋の手前が二宮町で向うが小田原市
そんな橋の袂には、昔の道路境界柱があり、かつて県道であった事を教えてくれる

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ババーン(効果音) これが押切架道橋[南側]だ

四角いカルバートの向うは、馬蹄形のトンネル風だ
上を通るのは勿論、今も昔も東海道線

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カルバートの断面形状の変化というのは他にもあるが、途中からレンガというのは珍しいと思う

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28010158_8?1308503883

押切架道橋[北側]
南側が、東海道線の複々線で様変わりしてるのに対して、北側はかなり昔の状態を保ってると思う

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28010158_9?1308503883

北側口の剥がれたコンクリの下にはレンガの巻き立てが・・・・

このレンガ部分は、明治20年(1887年)7月の国府津駅延長開業まで遡る事になると思います

大正12年(1923年)9月1日の関東大震災以降、レンガ造りは地震に弱いとの事で敬遠されたからです
実際、殆どのレンガ造りの構造物に被害が出て、修復可能なモノは行われましたが、
コンクリで造り直された物もありました
そしてそれ以後、新設にはレンガは使われませんでした

この規模の架道橋であれば「壊れなかった」可能性が強いと思います

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28010158_10?1308503883

レンガ側からコンクリカルバートを見る

レンガ部分の延長は、当初からの複線部分、コンクリカルバートは、複々線化の際の2線分となります

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28010158_11?1308503883

レンガの積み方って、色々あるそうですね
暗いトンネル内でしか見た事無かったから、じっくり見た事が無いんす・・・

と言っても、此処交通量がソコソコあって、結構危険です

早朝の写真が気に入らなかったので、レンガ部分だけ別の日に撮影したんすが、
やはり多くの車両が旧道側に入ってきます

中村原交差点で6割の車はコッチ来る
国道1号からなんて、青看も無い、、というかちゃんと現県道の押切橋交差点側に青看はある
知らない人は旧道入って来ないよね

殆ど地元の人だと思うけど、なんで皆旧道スキーなんでしょかね

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愛好してくれるのなら良いのだが、現実はそーでもありません
北側抗口は削れて修復が繰り返されてます。結構持ってかれてる

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28010158_13?1308503883

内部も大分削られてる

高さ制限バーとかで保護するとか、通行を制限する、、とかせんと駄目かと思う
ちゃんと新しい現県道(人気無い)があるのだし

レンガ造り自身は現存するモノが多いんで、希少価値は低いかも知れないが、
県西部で普通に見れるレンガ構造物としては貴重だと思う

それに万一の場合は、JRが困るだろ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28010158_14?1308503883

ついでに古い地図なども調べてみた

明治時代からある道のようだが、昔は秦野方面への通行が主だったようだ

地図は大正時代のモノ。当時の道は「神山二ノ宮線」
ちゃんと「)」「(」トンネル記号が描かれてるのが珍しい

市町村境の複雑な原因が判るかなと思ったが、大正時代で既に飛地がある
飛地解消の為の線引きがなされた結果だと思うが、何故にソコまで拘ったのだろう
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