2010/09/07

小田原市/昔の海岸護岸

最初の写真の場所 地図

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小田原市浜町、海岸との境の護岸が残っている。陸側

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海側。いつ頃のものだろう・・・

小田原の海岸護岸は、1905年(明治38年)に延長 2,150mに渡って造られたのが最初である
その後、何度か手直しがされたのだが・・・

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1967年(昭和42年)、海側に西湘バイパスが造られた
現在は、これが防波堤の役割を担っている

内側の旧護岸は、もはや無用のなんとか、、、である

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東端。中川食肉の裏辺り
旧護岸は、ここから先は残されて無い
削られて平地と化し、住宅などが建っている

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東端の護岸の石積み
お城の石垣のような重厚の石積みである
途中で切れているのは、追加で積まれた分だろうか

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コンクリ部分の上には、見慣れぬ標識鋲が埋め込まれていた

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護岸から降りるスロープは、かつて漁船を引き上げていたもの

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傍らには、古ボートとともに、かつての漁船も朽ちていた

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西向き。この護岸は300m程残っている

地図 この地点までである

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[振り返り東向き] 二番目の地図ポイントからも、道は続いている

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この小道もかつての護岸の後である

私が子供の頃、西湘バイパスが出来る前は、ここから広大な砂浜が見えた
直ぐ脇を西湘バイパスが走っているので、今は何も見えない

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小道を進むと、護岸らしくなってきた
海岸へ降りる道が造られている

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此処に、かつての護岸の様子が垣間見える
丸石積みで、頂部に大きな角石を乗せている
先ほどの小道状態の場所にも、この角石が続いていた

足元には・・・

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大正二年(1913年)の竣功記念碑だった

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海岸護岸の西側も、ここまでである
地図ポイントの二番目から約 300m程

東側と合わせて 600m程が残っている事になる

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西端の部分は、コンクリで覆われていない
おそらく、大正二年護岸のオリジナルの姿だろう

もはや役割終えた防波堤だが、長らく小田原の街を護ってきたのだ

追記.
航空写真を見直して見ると、本町から御幸ヶ浜辺りにも護岸が残っているようである
今度、訪れようと思う
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コメント

非公開コメント

No title

御幸の浜交差点から海に向かって西湘バイパスに当たる直前、確かにかつての護岸があり海岸へ降りる階段がついています。昔を知らない私は護岸の上からかつての眺望を "想像する" ことしかできませんが(悲)。

No title

初めまして!
小田原山盛の会の事務局をしている者です。
友人がこちらの記事を知らせてくれました。とても参考になりました。近いうちに浜町のこの護岸を見に行きたいと思います。

現在小田原市の無尽蔵プロジェクトのメンバーとして、小田原の浜についての情報を収集中です。事後承諾で申し訳ありませんが、リンクさせて頂きましたので、よろしくお願いいたします。http://blogs.yahoo.co.jp/norako33530/18466921.html

酒匂川の上流の被害状況も大変参考になりました。
ありがとうございます。

No title

野良こねこさん、はじめまして

箱根・足柄・酒匂川~聞き書きせむ山仕事を~
は時々見させてもらってます。関白道など、大変興味深い事ばかりです

リンクは構いません
必要とあらば画像なども利用して頂いて結構です