2010/01/30

愛川町半原-田代/馬渡橋

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横須賀水道半原系統
明治45年(1912年)から大正10年(1921年)にかけて海軍が造った水道路である

1号~3号隧道(仮称)の探索をえて、水道路が中津川を渡る馬渡橋(まわたりはし)にやってきた


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馬渡橋、半原側
左手上流側に親柱、右手下流側に水道管の通る柱がある

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下路単純プラットトラス橋、橋長47.3m、幅員4.9m、大正14年(1925年)架橋(注.1926年の可能性有り)
土木学会/JSCE 橋梁史年表より

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下流側を渡る水道管

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よく見ると大正5年の刻印。橋より古いのは当たり前か

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水道管柱の上には横須賀市水道局の基準点があった(田代側も同様)

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親柱の銘板。なんだか施工がおざなりだ

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上流側には人道橋が架けられている。昭和44年(1969年)架橋

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人道橋があるので、トラスの様子を詳細に見ることができる
軽量溝形鋼を成形した部材がメインだ

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愛川町田代側にやってきた

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小型車ではすれ違えるが、大型はこの通り。この橋梁は交互通行が基本だ

流石に交通のネックとなっており、愛川町では以前より架け替えの要望を県に嘆願している
下流の平山橋(未レポ)のように、隣に新しい橋を架けて保存・・・
というのは、道路に余裕が無いので困難だろう

近いうちに架け替えられてしまう可能性が高い

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一応、下部構造も確認のため、下に潜り込む(というか河原から)

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無くなってしまうかと思うといとおしくなる
自分的には赤く塗りたい。トラス橋って言えば、やっぱ赤だよね

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下流側から全貌

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今回、橋の銘板、というかトラスのプレートが無いか、結構探したのだが、見つからなかった
あったのは塗装票のみ

大正14年にしては、トラスが古いんではないかと思ったのである。可能性としては他橋梁からの流用

水道路橋としては大正3年(1914年)に先代の鉄橋(長54.5m、幅3.6m、容姿不明)が架橋された
大正14年に早々と架け替えというのは変なので、関東大震災で被害を受けたかと思ったのだが、
震災報告書によると「被害なし」であった

単純に大正15年の道路構造令に従ったまでの事であろうか

トラス部の詳細が判らなかったのは、残念である
近代土木遺産に登録されてもおかしくないような橋なので、移設保存でも良いから残して欲しいと思う
(注.個人的にそう思うだけ。そっち方面の専門家では無いので稀少価値は判らない)

愛川町/横須賀水道半原系統探索は以上である
今回、数時間で廻らねばならず、十分に探れていない
水源地等他の施設も含めて、いつの日か再探索しようと思う
水道路とは関係ないけど、平山橋も行って無いんだよ(しおしお


PM06:30 追記.
資料を調べに寄った図書館で「神奈川土木部/相模の橋 今と昔」を発見
それによると、馬渡橋は大正15年(1926年)架橋
軽量溝形鋼を成形した鋼材トラスが珍しいから、流用かと思ってたが、
下流の平山橋、上流の旧日向橋(昭和5年下路ワーレントラス)も同様の成形鋼材だった
この付近ではどうやら「一般的」らしい
従って、流用説は間違いであった

この本、欲しいなぁ
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コメント

非公開コメント

No title

仕事で良く通る橋なのですが、大正15年に架けられた橋だったとは
驚きです。

それから、用途的にはトンネルとは言い難いのですが
もう少し下流の「角田大橋」の近くに横須賀水道用のポータルを
見ることが出来ます。
場所は
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E139.18.17.3N35.31.28.3&ZM=12
の中心部分(弁天社の道路向かい)になります。
内部には入れませんが、上へ向かっての斜坑になっているらしいです。

No title

横須賀水道が一時的に川沿いから離れる場所みたいですね
今度、機会があったら訪れようと思います

って、行って見たい場所だらけで、なかなか行けません