2019/08/12

酒匂川古代史 #4 下流域の謎説

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今回は下流域、足柄平野が舞台です
(本来、扇状地・それっぽい流域は中菱域な気がするが、酒匂川は勾配が急なんで、こんなモンだろ)

さて、時は5万年頃前。酒匂川東の大磯丘陵は10万年前から隆起始めてるが、まだ然程高く無い
秦野の四十八瀬川、水無川、金目川は南に流れてて、中村川(押切川)支流の藤沢川に流れてた

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4万9千年前
箱根山は一時期大人しかったのだが、8万年前頃から大規模な噴火を繰り返し、ついに大噴火した

『箱根火山から噴出した軽石流は箱根山体を流れ下り、
足柄平野、大磯丘陵を東に流れて、横浜まで達した。
その厚さは足柄平野で60mを越えると言われている。』

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それにより酒匂川は流れを妨げられる事になる

『軽石流によって流路を変えられた酒匂川は軽石流堆積物の北側を東に流れて、
現在の秦野盆地で古四十八瀬川、古水無川と合流して、
大磯丘陵を古押切川となって南下して相模湾に流出していたと考えられる。』

『秦野盆地の南西部で軽石流を覆う礫層に、
丹沢山地中川付近が起源と推定される石英閃緑岩の円礫が見られる。』

以上、原文のママ。コレが全てで図も出典情報も無い。えぇ~~

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復帰パートもある

『約3万年前になると秦野盆地の広い部分に礫層(水神礫層:大磯丘陵の今泉礫層に相当)が堆積した。
この頃、大磯丘陵の隆起と軽石流堆積物の浸食により酒匂川は足柄平野に流路を戻し、
古水無川や四十八瀬川は現大磯丘陵の東部を古葛川となって南下して古相模湾にそそいだ。』

四十八瀬川が足柄平野へ流路を変え、水無川と金目川が合流して相模平野に流れる下り等もある

でめたし、でめたし、、では無い

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そもそもこの論文は、地下水学会誌に載った
「名水を訪ねて(20) 秦野盆地湧水群-弘法の清水」の一部分なのである

地下水関連も立派な地学で、地下水に関する地層や流れ、水位など、
そっちの分野はキチンと書かれてて、単なる名水巡り紀行では無い。多少はあるけど

水/河川に関する事だし、地下水的に当時は関係あったかも知れないが、今は関係ないだろ
どうして酒匂川の変遷入れたんだろ

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噴火の図にも描いたけど、実はこの軽石流は前回#3でやった大規模階差流と同じ噴火

6万6千年前と4万9千年前と、1万7千年も違うじゃないか!と思われるかも知れんが「よくある事」です
多分、スコリア等堆積物の年代測定の差。誤差とか

足柄平野に60m堆積の件ですが、色々調べてもコレしか出てきませんでした
小田原が最高で約50~60m

東京パミス(東京軽石流、今回の噴火)だけでなく、
前の三浦パミス、さらに前の小原台パミスと噴出方向が重なってるから、らしい

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「東京軽石層と火砕流」

今回、軽石層(降下軽石の堆積)と軽石流(火砕流のうち軽石多めな奴)、色々調べたんすが、
専門の方でも間違えてたり混同してたりして、判り辛かったです

堆積厚がどっちなのか、20cmしか積もらなかった筈なのにメートル単位が混在する謎とか

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各々の出典が書かれてないので、見付けて無いだけかも知れませんが、、、

「足柄平野に60m堆積」一部に堆積したかも知れませんが、それでは堰き止められない
そもそも広い平野で堰き止めるなど、どーすれば出来るんだろ
狭い谷間なら、実際に何件か確認してます
東京パミスで四十八瀬川も流路変遷したようです

「秦野盆地で西丹沢由来の堆積物」確認できませんでした
念の為下流側になりそなトコ洗い出してしらだら、
鷹取山層ボーリングコアに石英閃緑岩が出るが、分析の結果丹沢系とは違う(供給不明)
というのが見つかっただけでした

以上の点から、この件は事実とは思えません

足柄平野堰き止めて湖出来てたら、堆積物で判ってる筈ですし・・・

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5万年前の四十八瀬川辺りは怪しいのですが、その他の流域変更は正しい筈です
平塚市博物館のページ参考にしたんすが、一部判り辛かったり、間違ってたりする気がします


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今回、丹沢層群を勘違いしたか、と資料作ってる時気付きました

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丹沢山塊の中心は石英閃緑岩だとばかり思ってたんすが、違うようです

地質ナビ/シームレス地質図によると、中心となるのは「花崗閃緑岩・トーナル岩」で、
トーナル岩=石英閃緑岩の事と思ってたんすが、
細かい部分拾ってたら「閃緑岩・石英閃緑岩」岩質は別にあり、すっかりマイナー扱いです

今での資料も書き換えねばならんのか・・・

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前の花崗岩成分一覧より、ちょい詳しいのがあったので、加筆しときました

岩質なんて基本的な部分なんで、分類を変えるのは勘弁して欲しい
(石英部の多い方が外される石英閃緑岩)

#4は外れだったが、次は河口とか地下とか(怪しい ≪続く≫
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