2017/10/30

幻の小田原紡織線#1

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_0_m?1509350687

小田原駅は大正9/1920年10月21日、熱海線の駅として開業
昭和2/1927年4月1日、 小田原急行鉄道(現小田急電鉄)開業
昭和9/1934年12月1日、熱海線→東海道本線
昭和10/1935年6月16日、大雄山鉄道線(現・伊豆箱根鉄道大雄山線)が直接乗り入れ
昭和10/1935年10月1日、箱根登山鉄道が乗り入れ
昭和39/1964年10月1日、東海道新幹線開業

東海道本線(東京-熱海)がJR東日本、東海道新幹線がJR東海なので、
乗り入れ鉄道会社5社と日本最多だったんだが、2004年に横浜駅/6社に抜かれたそうだ

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_1_m?1509350687

省線(熱海線→東海道本線)以前は、小田原馬車鉄道→小田原電気鉄道が国府津-湯本間を結び、
豆相人車鉄道→熱海鉄道が接続していた

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_2_m?1509350687

省線(熱海線)開通後、小田原電気鉄道は、国府津間の線を廃止し、省線小田原駅に乗り入れ
昭和10年に箱根登山鉄道鉄道線が小田原に乗り入れた後も、
軌道線は町内/市内電車として小田原-板橋間を昭和31/1956年6月1日まで走ってた

今更だが、人力、馬車、電気、登山、路面、高速と、日本の鉄道史にメチャ絡んでるな

現在の小田原駅に乗り入れてるのは5社だが、もう1社/1線、乗り入れる予定があった事をご存じかな?

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_3_m?1509350687

「小田原紡織会社専用鉄道」という
(注.「小田原紡績」としてる文献が多々あるが、「小田原紡織」が正しい)

開業間もない小田原駅と同社工場約1.2kmを、軌間60cmの瓦斯機関車で結ぶ軽便鉄道である

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_4_m?1509350687

小田原紡織は、井細田に大正6年創業
現在の富士フィルム小田原工場の辺りである

が、勿論ソコまで鉄道は走ってないし、廃止遺構も無い。未成線である

ただ箱根方面の技術的にアヤシイ、予算的に無理だろ未成線と違って、
(最近見つけたネタでは、芦ノ湯-双子山/ロープウェイ)
実際に運行する事前提で許可も取り、乗り入れる小田原駅/鉄道省にも話が付いて、、、

結局造られんかった

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_5_m?1509350687

小田原紡織から、工事着手期限延期願いも出されたが却下された

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_6_m?1509350687

延期を願い入れた原因は、大正12/1923年9月1日の関東大震災である
小田原紡織の工場、事務所などの建物は全て全壊

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_7_m?1509350687

当時の職工数1400名のうち、死者133名(または134名)、負傷者141名(重傷76名)/複数の資料元
(写真の会社名が違う。震災情報から「小田原紡績」という間違った名が広まったようだ)

https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/89/33313589/img_8_m?1509350687

小田原紡織の専用鉄道免許は失効、大正14年
細かい日付調べてたら、大正14年8月8日に失効となっていた

専用鉄道以前に、小田原紡織会社自身が再建されなかった


未成線であるから、通常は此処までなんだが、工事予定の資料を見てたら、意外なハナシ・・・

≪続く≫
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

No title

内容に問題が在っても面白い記事です。

小田原紡織の件

突然すいません
小田原紡織の件でわかる範囲で知りたいのですが、実は私の父方の父が(祖父)が紡織に
いまして震災で27歳で他界しました。
どなたか写真などお持ちでしたら教えていただきたいのですが、名前は 雨宮 一(はじめ)といいます。どんな些細なことでもよいので宜しくお願いをいたします。
追伸住まいは当時富士紡績の小山町の社宅のいたらしいのですが、富士紡績と小田原紡織とは関係があったんでしょうか

Re:小田原紡織の件

小田原紡織の件ですが、大正関東大震災で全て倒壊し、再建されなかった為か、
資料が殆どありません

昭和初期まで会社は存在してたみたいですが、
大正期の営業内容的にモンが2次資料としてあるだけみたいです

富士紡績との関係ですが、別会社なのは間違いなく、
富士紡績は同業各社を合併吸収し、今も存在する会社なんで、
社歴などを見る限り、小田原紡織との関係は見られません

富士紡績の社宅という事からすると、
そちら側にの資料に何かあるかも知れません
富士紡績自身については、あんま詳しく調べて無いんで、
細かいトコは判らんです

No title

早速のご返答ありがとうございます
100年以上ですからなかなか難しいですよね
なんかの機会がありましたら、また教えて
いただけると幸いです。

追伸

今年鉄道150年で
鉄道王 雨宮敬次郎は私のご先祖らしいです