2015/10/22

三枚橋 再考

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/14/32355214/img_11_m?1445250015

今回、鋼ポニートラス補剛吊橋の三枚橋が手に入ったので、補剛トラスを詳しく見てみると・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/36/32359136/img_1_m?1445448285

ん?トラスの造りは一緒に見える・・・
〈先々代は橋桁にトラスが張り付いてる。先代はトラス桁の上に橋桁が乗っている〉なんて言ったが、
真横と若干上からの視点の違いだけで、橋床は同じ高さにあるんじゃないのか?

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/36/32359136/img_0_m?1445448285

主塔もアーチ有り無しと思ってたが、上の橋もよく見りゃアーチ有る

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/36/32359136/img_2_m?1445448285

この2橋、同じ橋なんじゃねーの?どーして間違えた?

土木学会の橋梁DBにある箱根の三枚橋

1876年(明治09年)11月 橋長(m):42 幅員(m):3.6 形式: 木橋
1884年(明治17年)06月 橋長(m):42 幅員(m):3.6 形式: 木橋
1889年(明治22年)08月 橋長(m):42 幅員(m):4.5 形式: 木橋
1894年(明治27年)11月 橋長(m):42 幅員(m):4.5 形式: 木桁橋
1922年(大正11年) 橋長(m):61.2 幅員(m):3.6 形式: 吊橋 鋼ポニートラス補剛,木床。
1927年(昭和02年) 橋長(m):60.5 幅員(m):3.6 形式: 吊橋 l=61.2 単径間 鋼ポニートラス補剛,木床。 鉄骨塔
1964年(昭和39年) 橋長(m):46 幅員(m):6.5 形式: 連続プレートガーダー l=36.8+8.2

大正11年と昭和02年に鋼ポニートラス補剛の吊橋が2橋あったからで、ぱっと見違う橋と勘違いした
て事はDBが間違ってるのか

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/36/32359136/img_3_m?1445448285

昭和02年の方は恐らく間違い無いだろ

大正11年橋は震災で壊れたんかな、、という可能性もあったが、
考えてみりゃ震災前に全通して無い湯本元箱根線に、鋼トラス補剛吊橋必要か?

橋梁DBの大正11年橋の出典はコチラになるそうだ

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またしても「かながわの橋」orz。おそらく昭和02年の誤記だと思う

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同橋の他の写真。国立公園に指定されたんは昭和11年だから、その頃?

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/36/32359136/img_5_m?1445448285

昭和16年。何人乗れるかとかじゃなく、何かあるくイベントらしい

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昭和39年。架け替え→現橋へ
文中、40年来という事は昭和以前て事になるが、凡そという事だと思う

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現橋も当初は車道のみ

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上流側〈左〉の歩道桁は後付け

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/36/32359136/img_9_m?1445448285

歩道桁のプレートはあった。1980年〈昭和55年〉

幻のデータに踊らされた訳だが、橋梁DBに載って無い三枚橋も有る

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江戸期の土橋から明治になり木桁橋となったのだが、、

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度重なる水害で損傷。特に明治43年の関東水害では全損

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/36/32359136/img_12_m?1445448285

てな訳で大正期に吊橋が架けられたのです

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同橋の写真は何枚か有る

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主塔が川中にあるので3系間になるんだろか?

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左岸の主塔はこの岩の上に立ってたようだ

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当初この橋は「変わった木桁橋」と思ってた。だって橋脚が有るんだもの

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/36/32359136/img_17_m?1445448285

下からの写真を見て納得。横桁のみで主桁が無い。横桁はワイヤーで吊ってる。間違い無く吊橋

先程の大正11年橋かと思いきや、補剛トラスは筋交い風の木材だ
この細さでは補剛できたかどうか、、単なる手摺かも知れない

なんでこんなに補強の橋脚が必要なんだろ
最長でも明治43年-昭和02年の17年しか架かって無かったのでへたったとも考えにくい
補強橋脚の無い写真も見つかってない

揺れ止め?設計強度不足?

イマイチ判らん木吊橋だが、湯本元箱根線の車道化調査には大きく係ってるので、
この橋の架橋年を割り出さねばならない、、

難問ばかりだな
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