2015/05/29

神奈川県庁地下執務室

相変わらず「神奈川デジタルアーカイブ」の「県会・参事会文書」のチェックを続けています

現在見てるのは太平洋戦争末期の昭和20年近辺
対象は相模川より西の県西地区ですが、戦争が始まると一般道路の拡幅・舗装などの工事は殆ど行われず、
風水害等の臨時復旧のみで寂しい限りです

されど横浜・横須賀は各種道路工事が行われていて、戦時下でも軍事道路は別格
そこら辺は斜め見なのですが、中には「ぉぉぅ」と言う物もあり、
WEBでも取り上げられてなかったりするので、そんな中から紹介したいと思います

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/69/32118069/img_0_m?1432855831

「隧道式防空地下施設整備工事内訳書」

単なる地下壕かと思ったのですが・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/69/32118069/img_1_m?1432855831

「隧道式防空地下施設整備工事概要」

赤線にある通り「神奈川県庁地下執務室」です
〈横浜大空襲下にありて〉業務遂行のため又は所員の待避避難の施設、、、ですから
単に避難用ではなく、日常業務を行う施設として地下壕が造られる事になった

防空としては1トン爆弾程度に耐えられるという事で、
選定も県庁舎に近距離で素掘り可能な土砂岩石な場所が考慮され・・・

緑枠、本町国民学校西側〈横浜市中央区花咲町〉、地蔵坂東〈横浜市中央区石川町〉
宮ヶ谷国民学校北側〈横浜市西区浅間町〉が選ばれ、

水色枠、それぞれに 429人、406人、273人収容可能な、通路を含め5千平方mの広さ
を40~60日で造るというから、かなりな突貫です

ピンク枠、執務室は幅員2.0m、高さ 2.5m、通路は幅員 1.5~2.0m、高さ2.0~2.5m
えっ?
地下執務室なんで小ホール的なモンかと思ってたんすが、
これじゃ通路からずっとトンネルのまま

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/69/32118069/img_2_m?1432855831

いつ工事が行われたか不明ですが、国庫補助の書類の日付は昭和20年6月27日

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緊急整備の書類は昭和20年6月11日です

2番目書類にもありますが、横浜大空襲〈昭和20年5月29日〉の直後となります
空襲では神奈川区反町、保土ケ谷区星川町、南区真金町地の被害が甚大でしたが、
震災後の昭和3年に完成した神奈川県庁本庁舎は無事でした 〈というか今も在る〉

県庁本庁舎は大桟橋の近く海岸に面した場所で、近場に壕が造れません
近くの丘地に造っても避難移動に間に合うんか?という事で、執務機能も持たせる事になったと思われ


県会・参事会文書は文字通り文書のみなのですが、この資料については図面が付属してました

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右が通路で左が執務室。机と椅子が描かれてる

数値で判ってても、机と椅子が「こうにしか並ばない」狭さがナントモ・・・
排水は考慮されてますが、照明はどーなんでしょ
数百人が入ったとして換気はどーなってる?

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/69/32118069/img_5_m?1432855831

そして平面図。地蔵坂東〈横浜市中央区石川町〉

地蔵坂と大丸坂〈大丸谷坂〉に囲まれた場所で、格子状にトンネルが配置されてます

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現代地図ではこの辺

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/69/32118069/img_7_m?1432855831

本町国民学校西側〈横浜市中央区花咲町〉

本町小学校、紅葉坂の辺りで大神宮〈伊勢山皇〉にかかってる

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/69/32118069/img_8_m?1432855831

ここらは現在、結構良い場所です

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/69/32118069/img_9_m?1432855831

宮ヶ谷国民学校北側〈横浜市西区浅間町〉

宮谷小学校?此処はL字に配置

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/69/32118069/img_10_m?1432855831

ぁぁ此処か

ここ何年か近くの場所の仕事で時折訪れてるので、なんとなく判る処


さて、これらの地下施設がホントに造られたのか、利用されたのか、そこら辺は調べてませんが、
現在の横浜市に残る地下壕に、該当するモノが無いので、
完成しなかったか、埋め戻されてる可能性が高いです

国土交通省/平成25年度特殊地下壕実態調査結果について
http://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_tobou_fr_000015.html


横浜の地下壕/施設については、軍・工場関係があまりにも有名で、
その他の官設は殆ど知られて無いと思います


しかし、完成してたら当時の職員は此処で業務を行ってたんだろか・・・
ほぼ〈横穴式〉墓穴に入るような気分だったろな
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