2015/03/27

国道138号/銚子口、俵石橋

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国道138号、宮城野-仙石間

山道だった碓氷路に変わり、車道として早川沿いの山腹が開かれたのは明治37年と言われてます
〈宮城野-芦ノ湖畔の人力車道〉

俵石橋や矢落沢橋など橋梁はありますが、これらは早川の支流で橋の規模は小さい
この区間最大の難所は銚子口ではないかと思う

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銚子口は小塚山脇、古仙石原湖から流れ出る早川が浸食して出来た急峻な谷間です

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左/宮城野橋、右/銚子口

崖を切り開いて車道が出来た、、この写真でお解りになると思う
震災前、大正期で乗合自動車の路線も此処を通ってました

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現代の銚子口

同じ場所を撮ってる筈ですが、拡幅されて昔程迫力は無いですね
セブラゾーンが無くなる先の僅かな直線が険しい場所で・・・

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真下を覗き込んでも法面が見えない場所が、、、足の下はどーなってるんでしょね?
〈桟道にはなってないみたいですが〉

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俵石橋〈ひょうせきはし〉については 2011/7 に紹介してますが、新事実が判ったので・・・

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使いまわしですが、橋長 22.9m、幅員 6m。コンクリート上路充腹アーチ橋。昭和14年(1939年)架橋

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隣の歩道橋は、1978年架橋

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バイブル的「相模の橋 今と昔」や橋梁DBに旧橋の情報は無く、
探してる時に面白いモノを見つけました

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神奈川県デジタルアーカイブに在る「県会・参事会文書」、昭和戦前〈昭和7年~21年〉 の資料が掲載されてて、昭和12年の中から見つけました

「昭和12年予算追加資料の件 国道特2号線俵石橋工事」昭和12年11月5日

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俵石橋〈現橋〉を造る為の予算書です

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なので図面とかは無く、あくまで文系書類のみ

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その中で最大の掘り出しネタは架け替える事になった「理由」

赤マーク部分 『去月29日〈昭和12年10月29日?〉軍用装甲車の通行に當〈当〉り
其の荷過重に耐えず遂に橋桁の折損を來〈来?〉し・・・』

その時の橋は木橋で大分痛んでたようですが、軍用装甲車で通ろうとしたら壊れちゃった、、、
流石軍事国道であります
いったいどんな車両だったんでしょうね

一時車両の通行が出来なくなったという訳で、是は由々しき問題
永久橋への架け替えが行われたという事ですな

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旧橋についてはこれまで方丈木橋〈13間〈23.6m〉長、15尺〈4.54m〉幅〉と見てたんすが

〈余談だが、姿見橋については所在不明〉

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同アーカイブで直近は木造トラス橋〈23.8m長、6m幅〉補強修復をする程かなり傷んでる
軍用装甲車が壊したのはおそらくコレかな、、と

矢落沢橋#1 #2 も大正15年〈1926年〉の旧橋までですので、も少し昔の情報が見つかれば良いなぁ
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コメント

非公開コメント

No title

こんばんは。
俵石橋は以前の記事も拝読していたはずですが、そこでコメントしていなかったようなので・・・
年季が入っているなあ、とは思っていましたが、やはり戦前架橋でしたか。装甲車の通行がその原因だったとは・・・

No title

たからったさん、こんにちわ

俵石橋だけ、他の改良と時期ズレてるなぁ~とは思ってたんすが、
こんなオチがあるとは知りませんでした

当時の軍用装甲車というと、3~5トン位あったようで、
普通車が2トン以下だから、、、

といったトコで大型乗合自動車〈25人乗り〉の運行もあったよな~
木橋じゃ過荷過重になってたんでしょね

ギシギシ言わせながら木橋を渡るバスの旅は、ある意味楽しげ