2014/11/10

小田原市早川/車川を探せ!#2

#1 の続き

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/23/31748623/img_16_m?1415466437

早川堰架道橋から下流に車川の痕跡は見つからなかった
上流側に水路が現存してるので行ってみよう

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_0_m?1415467271

JR東海道新幹線/早川橋の下、用水路が在る(水色の矢印は流れの向き。以下同じ)

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_1_m?1415467271

此処で暗渠化されてる
矢印側が本流(?)で右側は分水水路。早川駅裏の道暗渠に続いてる

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_2_m?1415467271

上流側は道沿いに水路が続いてる
旧車川は田園中心部を流れてたので右手方面に向かってたが、現存水路は左手山沿いに続いてる

遡ってみた

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_3_m?1415467271

水路沿いの道を進む。道はターンパイク(今、マツダ)を潜る
橋形式になってるかと期待してたんだが、交差点に向けての高架橋だった
(建物は高架橋下に造られてる)

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ビランジュ入口

用水路を超える橋は出発点とターンパイクしか無く、あとは蓋形式の簡易的なモノだけだった
名の入った橋が無いか期待してたんだが

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_5_m?1415467271

用水路は山沿いのまま、住宅地を抜けて、再び分水されてる
境の向こう側が本流(?)だ

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_6_m?1415467271

住宅地の中へ消えていく

水路に沿って行けるのは此処までで、あとは迂回すれば行けるかも知れない
しかし区画整理事業地はあらかた過ぎたので、水路を遡るのは此処までとする

水路を遡ったのは橋名、あわよくば川、水路名が判るかと思ったんだが、それらは無く、
通りりすがりの地元の方にも伺ったが「水路」というだけで固有名は知らないとの事

小田原市の資料を探したのだが、イマイチ不明
「山根用水路」という名称があるので、これが該当するかも
20141111追記
正しくは「山根排水路」であった。詳細地図で確認
以上追記


https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_7_m?1415467271

地図の方は水路に沿って水色線を引いてある。地形との関係が判りづらいので下に水路図を載せた
水路図では旧車川を薄く引いてある

左手側最初の分水が、元々の車川っぽい。遡って最後の分水地点から別れる水路だ

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_8_m?1415467271

遡った水路は区画整理以前には無く、後に造られたようである
(あるいは前はもっと細くて航空写真に写らなかったのか)

元の車川の流れというより、駅裏への水路の為に築かれたんだろか

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_9_m?1415467271

現存水路からは暗渠化され、地中を走ってる

元々の車川は区画整理地の中心通り/市道早川風祭線の辺りを早川堰架道橋へ向かっていたのだが、
今は違う方向に向かっている

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_10_m?1415467271

現存水路から、中心通りを超えて早川(河川の方)へ一直線

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_11_m?1415467271

道下暗渠(道路コンクリ部分)を通って早川(河川の方)へ流れ出る

流れが現存水路の水量より多く、上流側分水路の先が行方不明なんで、
別の暗渠水路として存在し、合流してるかもしれない

漁港浚渫の際、車川が排水路として使われたが、此処まで排水させるのは無理なんで、
もっと下流で放水されてたろう
(なにせ川沿いの土地を改変する工事が行われてたんだからね)

現存水路下流端は、かつての車川と重なるが、水路規模としては小さくなってる
昔の車川とは大分違うと思う

車川は無くなってしまったが、流れを変えて別の水路となっていた


https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_12_m?1415467271

ちょいと話は脱線するが、小田原漁港として、昭和の初め頃から計画されていた。
その後も幾つかあったようで、昭和16年の小田原湾誌に当時の計画が載っている
この年、太平洋戦争開戦となるので、当然計画中止となる

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_13_m?1415467271

昭和43年に完成後、昭和44年2月に「第3種漁港」に指定(県内唯一の第3種)
小田原市から神奈川県へ管理が移管
昭和56年に新港が開港
平成14年度から特定漁港漁場整備事業が始まり、生産流通加工施設や直販施設が建造中

よく判んないので、あとは神奈川県/西部漁港事務所を参照
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f70122/

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_14_m?1415467271

小田原漁港は大きく変わりつつあるようです


https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_15_m?1415467271

話を戻して、早川の河口付近は前から「あーだこーだ」話はでてますが、
車川に注目したのは古写真仲間のT書店さんから「溜川橋の先、車川にかかる橋は?」と聞かれ、
車川なんて知らなかったので調べてみた、、という訳です

漁港が出来る前の様子は、ネットでも牧野信一が早川に住んでいた頃ひかえのちょう
で凡そ判ったのですが、
肝心の熱海海道の車川に架かる橋名は判らず
ほんでは、と調べたんすが・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/28/31748628/img_16_m?1415467271

今だ判らず・・・

当初は狭い川なんで暗渠だったのでは?と思ったりもしたんですが、
古い地図や記録でも「橋」は架かってたようだし
車川の川幅も、かつては2間(3.6m)もあったようなんで、橋架かってたろうなぁ

調査は続けます
≪以上≫
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コメント

非公開コメント

No title

こんにちは。

何れここを通る熱海道を歩くつもりでいるもののずっと放ったらかしにしているので私もきちんと見ていないのですが、もしかすると「根府川通見取絵図」にこの橋の記載があるかも知れないです。単に「土橋」と記されているだけかも知れませんが、その場合は無名橋ということになりますね。

No title

kanageohis1964さん、こんにちわ

熱海街道は真鶴を除く地域に旧道が残ってますし、
国道・県道の喧騒を離れられる場所も多いんで、
のんびり歩くには良い道です

一部農道になってるんで、
ルートのチェックだけはちゃんとしないと迷います