2014/07/22

国道1号/旭橋 #4


https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_0?1405994927

旭橋の木桁橋の写真(絵葉書)が出てきたゾ。さてどうする?

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_1?1405994927

3枚の写真を見てて、AとCが同じ3橋脚、欄干形式なのに気付いた
欄干支柱を数えてみるとこれまた同じ
AとCは同一の橋で、川下側から見てるのがA、Cは川上側からだ
色が違うのは、モノクロ写真に彩色してあるからで、元の色では無い

Cに写りこんでるオトーサンは、Aでは対岸欄干の向こう側に隠れて見えない・・・
じゃない、Aは桁が綺麗に円弧を描いてるが、Cはズレが出てちょいと歪んでるみたい
Aが架橋直ぐ、Cはちょいと経ってからか

さするに、AとBの二本の橋という事になる訳だが・・・

福住橋位置に架かってるんじゃないか、、、というのは、
右岸(写真左手)に3階建の金泉楼・萬翠楼が見えないから違う

木トラスが移される以前に、これらの橋が架かってたのでは、、、とある理由で違う(後述)

そうだ、どっか余所の箱根湯本の橋なんじゃ・・・ドコだよ!

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_2?1405994927

やっぱり此処に架かってたよなぁ。ちょい角度が違うが

実は入手した時点から旭橋位置の古旭橋と判断してました

問題はどーやって説明するか、なんだが。昔の旭橋ですと言っても「嘘~」とか言われそう・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_3?1405994927

2径間ポニー木トラスの福住橋と上流木桁橋の旭橋の写った奇跡の一枚
コレを見つけたからこそ、このレポが書けるのだ

明治26年に福住橋位置から木トラスが移設された後、大正元年に鋼トラスが架けられるまで、
旭橋には、木桁橋の時代があったのです

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_4?1405994927

さて、ABの木桁橋とCDの鋼トラス橋。時代順に並べてみたいと思いません?
鋼トラスは当然後期ですが、CとDどっちが古い?

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_5?1405994927

実はこの通り。そのままの順番です

こんなトコで別のマニアックな知識が生かされるとは思わんかった
当ブログではお馴染み、ハエタタキ(架空裸線路支持柱)が決め手となります
ハエタタキについてはコチラを参照ハエタタキ(架空裸線路支持柱)のお勉強 #2

多分全部電話回線で、宮ノ下に電話の入った明治34年以降 (故に木トラス移設の明治26年以前では無い)

AでMAX8回線、Bで12回線、回線はさらに足りなくなり、Dで16回線に増設されてる。Cはその途中
BとCは意外と時代が近い

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_6?1405994927

電話が通じて9年程の明治43年、温泉宿の電話一覧

湯本交換/湯本11本、塔之沢9本
宮ノ下交換/宮ノ下5本、底倉4本、小涌谷2本、芦之湯2本、木賀1本、強羅1本
箱根交換/元箱根1本、箱根町1本

これは宿だけだから、地区郵便局毎に1本(当時、郵便・電信・電話は纏めて逓信省の管轄)、
宮内省関連(後の宮内庁。離宮・御用邸)、公的機関(役場、観測所)、
重要人物の別荘など、、回線はもっとあった筈

旭橋から塔之沢方面への回線は、湯本交換局内の塔之沢各戸9本
残りが宮ノ下、箱根交換への回線と思われる

回線増加に伴い、通信電柱が架け替えられてる時だった、、というのも幸運です
(実は 塔之沢の熊野神社 でハエタタキ柱を見つけた時に鋼トラス旭橋の写真を「つい」使ってしまいました。
その時はまだ此処まで掴んで無かったので、突っ込まれなくて良かった)

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_7?1405994927

さて、次は木桁橋が同じというのを確認すれば・・・あれ?欄干支柱の数が違う
橋脚もA'は木じゃなくて石かコンクリートみたいでのっぺりしてる

違う橋かも知れません。また追加か・・・
ただ、元写真では通信電柱の写り込みが無いから、木桁橋順の特定はできない

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_8?1405994927

別の2径間木トラスの福住橋と見比べてて気付きました

黄色枠/萬翆楼屋上テラスは確認できないけど、
ポールみたいのが立ってて、それで震災前と同じなんすが、
a橋は親柱があって、それに欄干が繋がってる

b橋はトラスにそのまま板張り付けてる

a橋の方が新しいみたいですね。竣工に近いか?逆にb橋はどーしてこうなったんだろ

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_9?1405994927

となると2径間ポニー木トラスの福住橋がいつ架かったか気になる
案内誌等を漁ったのだが、写真が古いまま掲載されてるのがあった

コレなんか明治20年の書だが、明治18年の木トラス橋じゅなく、以前の橋の時の写真が使われてる
出版されるまで時間かかるというのもあるし、
宿自身が変ってなきゃわざわざ差替えないというのもあるかも

発刊時に、その橋が架かってるとは限らない。注意が必要です

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_10?1405994927


見付けた中で一番古いのがコレ。明治43年6月25日の箱根案内
うぐぅ、、思ったより古いな。もっと後だと思ってたのだが

ぉ、親柱欄干が有る。やはりa橋は竣工時の姿なんですね

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_11?1405994927

実は明治期の終わり、神奈川県西部には何十年に一度の水害がポンポン発生してる。原因は主に台風

堤防が切れて橋が流されるのはちょくちょく有るが、
赤マークは足柄上下郡に洪水発生等在り、県内で橋梁3ケタ被害が出た災害の発生した年
恐らく橋脚のある橋は殆ど流失か損傷してる

特に明治40年、43年、44年は甚大な被害を受けてる

明治40年(1907年)08/24。湯本雨量250mm。早川2m増水。決壊洪水流失と被害を受けた
24日後の09/17に再び被災。湯本雨量400mm。堤防等切れたままなので、洪水被害大
木賀で山崩れが発生

明治43年(1910年)08/07~09連日100~200mm以上の雨量、08/13.湯本340mm、箱根350mm(1日で)
数日間で980mmを超える。早川水位不明芦ノ湖水位3.29m増水し早川は非常に出水
県内数千箇所で山崩れ。塔之沢福住楼流失。関東一円に被害いわゆる関東大水害

明治44年(1911年)06/19。07/26。箱根350mm。水(増水?)は福住橋を上回る。08/09。250mm以上

データは神奈川県下風水害紀要/神奈川県観測所からだが、
土木・地史の方を当たってないので、実被害は別の年の方が酷いとかあるかも

それに基づいて橋梁を置いてみたけど、これだけ発生してるのだから、
写真の無い橋も含めて、もっと沢山の橋があったと思う

2径間ポニートラスの福住橋が明治43、44年の水害で壊れなかったというのが不思議
欄干が無くなったのは水害で持ってかれたのか?

木桁橋の時代は、電話回線数でも少し絞り込めるか・・・

そもそも、移設した木トラスがどうなったのか、非常に気になる
明治18年最初の架橋から20~30年は持つだろうと思ったのだがなぁ

ここら辺も、も少し調べてみたいと思います

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_12?1405994927

そんな訳で、福住橋位置から移されて旭日橋トラス橋から、大正元年に鋼トラス橋が架けられるまで、
旭橋位置にはこのような木桁橋が何世代か架かっていたのです

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/34/31537334/img_13?1405994927

時には応急的なこんな橋も

民設の道路も国道に切り替わり、ようやく鋼トラス橋が架かる事になります

≪続く≫
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コメント

非公開コメント

No title

こんにちは。

さすが観光地だけあって残っている絵葉書の点数が半端ないですね。それにしても「ハエタタキ」の変遷から年代の前後関係を類推するとはお見事です。

No title

kanageohis1964さん、こんにちわ

実は他の写真を探して、、序でに見つかった奴ですが、
旭橋については概ね揃ってしまったんではないかと

ウチら的には、何かで年代を絞り込まないと、資料としての価値が無いんで
まぁ、箱根限定でやってるから、可能なんすが

本当に探してる奴は、やっぱなかなか無いです(笑