2014/07/21

国道1号/旭橋 #3


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旭日橋木トラス(M18)が移ったので、今回からは本来の旭橋中心に

なぉ、旧旭日橋の場所、とすると書いてる本人も混乱するので、橋の架橋位置は図の通り、
旭橋位置、福住橋位置、湯本橋位置と明記する事にする

「福住橋(M26)」のように後ろに括弧付けで入ってる年号はその橋の架橋年を意味する
(M=明治、T=大正、S=昭和)

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明治26年、旭日橋(M18)の木トラスが、福住橋位置から旭橋位置に移ったのは
明治27年7月の「箱根温泉案内/森田富太郎」でも確認できた

「昨年対岸に新道を開きもとの旭橋をやや上流に移し」
「鉄道馬車を下れば旭橋の跡に福住橋を架設」

添図は#2での明治30年写真の橋で、この橋が明治26年に架けられた福住橋であるとも確認できた

移ったと言っても、文章だけじゃなぁ・・・写真は?


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どや(どや顔で

福住橋(M26)と、上流の旭橋位置に架かる旭日橋木トラスである

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しかしながら、旭橋位置に架かる木トラスの写真はコレしか見つかって無い
#2の遠景も解像度ギリで載せてみたが、形状として同じトラスと確認できる、、と言ったトコか

箱根温泉案内の状況証拠もあるので、まず間違い無い



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#1 で掲載した現橋の旭橋(S8)の工事写真。コレ以外にも在る
元が小さいのであまり綺麗では無いが、なるだけ大きく判り易くした

旧橋である旭橋(T1)と共に工事の様子を見てみる

旭橋(S8)の着工は昭和8年1月12日
足場を組んで橋の床板(路盤)となる部分の鉄筋コンクリを打っている

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出来た床板の上にアーチと柱になる型枠を組んでる

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型枠を取り外せば、ほぼ完成
昭和8年8月15日竣工(「神奈川土木行政のあゆみ」本文では8月になってる)

現橋のプレートでは昭和8年6月竣工となってるが、
6月29日にこの段階では、翌30日に開通出来たとは、ちょいと考えられなかったりして・・・
(ナニカジジョウガアルノダロウカ)

されはさておき、旧橋の様子も見れたので、現役の頃の様子を

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先代の旭橋(T1)

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神奈川県誌/大正2年によれば

鋼製、橋長 17間=30.1m、幅員 2間3尺=4.55m、大正元年(1912年)12月架橋
(なぉ大正元年=明治45年、明治天皇崩御により7月30日改元)

昭和8年新橋架橋にて撤去

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ポニー(左右の主構のみ)プラットトラス(中央から逆ハの字)

上横構が無いのでトラスが倒れないよう、張出しが外側に付いてる
早川に対して斜めに架かるスキューが付いてる

工事写真の左側トラスをよく見えば、同型トラスと確認できる。故に工事写真に写ってるのは、この旭橋(T1)

新橋は旧橋の上流側に架けられた。という事になる

先の写真(絵葉書)、「箱根湯本早川清流」と銘が入ってるだけなんで、
旭橋か?と突っ込まれないように

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2枚目、彩色カラー。こちらはちゃんと旭橋と名が書かれてる

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3枚目。早川の上流から

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ちゃんとプラットトラスと確認できる

また、トラスの向こう側下流に、2径間の福住橋が(大分隠れてるが)見える
震災後の福住橋の写真でも、木トラスの間から、上流の旭橋トラスが垣間見える

同時期に架かっていた両橋の確認が出来るとはラッキー


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現代に戻って、湯本橋から上流の旭橋(S8)
あの隣コチラ側に旧橋である旭橋(T1)が架かってた訳だ

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右岸(宮ノ下側)のアヤシイ場所

もっとも旧橋は石積み護岸に組み込まれた橋台に載ってた訳で、
それがそのまま残ってるとは考えられない...が

「川に張出してるのが邪魔!」さっぱり見えない

以前はこんなの無かったのだが、その頃を思い出せる訳もない

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/94/31534594/img_14?1405861414

現橋との境

護岸は現橋の為引っこんでる
桁を載せる部分が造られてるからだが、平石積みが現橋施工時のもの
乱積みがその他なのだが、平石積みより古いのか新しいのかちょいと判らない

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/94/31534594/img_15?1405861414

左岸(小田原側)は御覧の通りで、旧橋遺構が有ればとっくに気付いてる訳で・・・

旧橋である大正元年橋の跡は残って無いみたいです


残念なのが明治26年に移された旭日橋木トラス単独の写真が見つかって無い事
資料調査は続けるので、見つかった時は御報告します

なにせ「旭橋」で見つかったその他の橋は、こんなのだからなぁ










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も、、、木桁橋だとぉぉぉぉぉ!

≪終れない、続く≫
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