2014/07/18

国道1号/旭橋 #1

撮影日 2014年07月16日

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奥湯本の入口、湯本橋である 地図
昭和32年(1957年)架橋のPC単純桁橋、橋長 34.3m、幅員 5m

今や箱根登山鉄道/箱根湯本駅を出ると温泉街だが、明治期には橋を渡った先が湯本温泉だった

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湯本橋の下を流れるは早川
上流側には国道1号/旭橋がある
川の中、真ん中よりちょい右に四角いコンクリート基礎が残っている

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国道1号沿いの左岸橋跡
かつての旭橋、ぃゃ、当時は旭日橋が此処に架かっていた。(「朝日橋」名もある)

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直ぐ脇には箱根町の解説もあるが・・・

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解説にある写真はコレだが、吊橋には見えない

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さて、ようやく主役の旭橋である

昭和8年6月竣工、RC下路タイドアーチ橋、橋長 39.5m、幅員 10m

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重要なんでもう一回。昭和八年六月竣工

土木学会選奨土木遺産/箱根地区国道1号施設群 旭橋、千歳橋、函嶺洞門)
近代化産業遺産/富士屋ホテルと箱根観光関連遺産 近代化産業遺産
かながわの橋100選/旭橋(箱根町)

などに指定され、とても有名である・・・

ええ、一般的には箱根駅伝の山岳部入口としてお茶の間で知られています

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なので観光で来られた方は、箱根湯本駅から旭日橋跡を見て解説を見て旭橋に来て
「知ってる!駅伝で通る橋だ!」と記念にパチリし 「明治26年の旭橋」 とブログに書くのです

ぃゃぃゃ、笑い事じゃない。試しに「箱根 旭橋 明治26年」でぐぐって見ると判る。恐ろしい程ヒットします

是は由々しい事。箱根町には何とかして欲しいと思う (現橋にも解説付けるとか)

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という訳で、昭和8年6月竣工(完成したという事)の旭橋です

函嶺洞門なき今、毎年駅伝でTVに写るんは貴方と千歳橋だけなんすから
(洞門は無くなった訳ぢゃないが)

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旭橋から先程の湯本橋方面

間に在った旭日橋もちょいと困った件があります

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明治18年架橋の木トラスですが、コレが現橋の旧橋であると誤解してる人が居て・・・

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昭和二年は誤植だと思いますが、旧橋=木トラスはちょっと

ここはひとつ、バイブルに御出まし頂きます

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「相模の橋 今と昔」は基本的に3世代分。現橋の前の旧橋、それ以前の古橋が書かれてるんすが・・・
情報無いですね

上流に移った時期は書かれて無く、旧トラスが福住橋に変ったとなっている
旧橋が木トラス橋となってるので、福住橋が旧橋と思われても仕方ないか

「上流に移った旭橋」と「現橋である旭橋」と別けてるので、
よく読めばなんとなく違う橋とは判るんすが、キチンと書かれて無いので誤解を生んでるようです

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おまけに明治18年橋は2径間とありますが、1径間じゃないでしょか
(2径間は途中に橋脚などがあり、桁が分割してる)

本家(?)がちょいと問題です
古橋が沢山あって大変なんすが、旧橋についてはちゃんと書いて欲しいかった

是は由々しい事

なにせ、旧橋の最後の姿は、県土の写真ですから





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「神奈川県土木行政のあゆみ」から現橋である昭和8年橋工事の様子です
左、下流側に架かってるのが旧橋。大正元年橋であり、スキューの付いた鋼トラスです

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神奈川県誌/大正2年に記載がありました

大正元年橋は関東大震災に耐え、昭和8年橋架橋まで十分に役立った橋です
(震災で宮城野橋も落ちませんでした)

土木学会の橋梁データベースにも記載は無く、橋の歴史から消えてしまった旧橋が可哀想
土木学会/橋梁史年表/歴史的橋梁DB 旭橋1933-8-15

旧橋のちゃんとした姿も見たい・・・ですよね

さて、概要はこの位にして、次回は旭橋(旭日橋、朝日橋)以外に、
福住橋、湯本橋も絡んで「いったい何本の橋が架かってたんだ?」と悩むハナシです

ただ、書くのメチャ面倒なんで、連日とはイカナイ・・・≪次回に続く≫
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コメント

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No title

さすがに神祇伯宣教長官だけあって
三條實美の言祝ぎの歌は みごとな神楽歌調ですね

No title

粟船住さん、こんにちわ

箱根は当時エライ人が結構ちょくちょく来ていたそうです

三条実美も開通に合わせて呼ばれたのではなく、
偶々宿泊してたから、だそうだ