2014/06/18

国道138号/矢落沢橋 旧橋遺構 #2

撮影日 2014年06月13日16日

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#1 で矢落沢橋上流側左岸に旧橋の橋台を見つけた訳だが・・・

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右岸に行く前にコレの説明を

現橋の上流側にはパイプを渡す小橋梁が架かってた
箱根でありがちな温泉パイプかと思ったが、銘版を見つけた
日本電電公社、現NTTの通信回線の橋だ
矢落沢橋に固定されてるのではなく、別に橋台を持った別橋梁となってる

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矢落沢右岸側、その小橋梁の上流側直ぐ

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旧橋の右岸橋台があった

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こちらも緑の浸食が激しく、数々の木々に覆われてる

右岸側は橋台の張り出しが少なく、左岸程の規模は無いが、やはり石積みである

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沢を後にし橋上に出る。仙石方面右岸側は旧道のあった場所が判らない

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現橋の直ぐ上流側に在るのは判ってるので、この辺強引に入り込む

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ガサガサして右岸側の車留を見つけた

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左岸同様に路盤の先端に出て桁台。支持台もソコにあるんだが、草木に覆われて見分けがつかない
他にも写真撮ったが、草木ばかりでナニ撮りたかったんだ?>俺

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対岸を見ると左岸側橋台がなんとか見える
御覧の通り、川の中も木がワサワサ生えてる

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右岸側から撤収しながら道の跡を探すが、直ぐに盛土の下となってた
また、上には別の石積み〈赤枠〉もあって、現道工事により旧道アプローチは無くなっていた

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調べた旧橋は大体この様になっている
沢を渡る距離をなるたけ短くなるように、少し奥で沢とほぼ直角に桁を架けていた

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現橋すら調べた事がないので、1960年〈昭和35年〉架橋というのも、戻って調べて判った
航空写真を見ると、それ以前の橋は少し奥に架かってる。すなわち、1960年以前の橋が旧橋という事になる

当然の事ながら、旧橋の情報も探した
マイナーな小橋梁だから、無いんじゃないかと思いきや、橋梁DBに旧橋のデータはあった・・・なんてこったい!

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撮影日が2日に渡ってるのは、偶然見つけた13日と、
16日に車で箱根に行った際「ついで」に寄ってきたのだ。準備万端で〈笑

橋台より、架かってた桁の大きさを判断する為にロープで計測。ううっ、巻尺が欲しい・・・

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その結果がコチラである

支持台の外間隔が凡そ 6メートル
橋台間は 15.45メートル程で、桁台 0.75、前面勾配〈ぐっと睨んで〉0.5
桁の長さはざっと 17.95メートルと計算される
〈正確には支持台中央が梁位置、上路かトラス中路かで微妙に幅は変るが、細かい事はこの際おいておく〉

土木学会の橋梁DBにあった矢落沢橋〈神奈川県/宮城野村〉は、
橋長 18m、幅員 6m、鋼鉄橋。1926年〈大正15年〉12月架橋

ドンピシャだっ!此処に架かってた旧橋は、関東大震災復興時の大正末に架けられた
橋台もその時に造られた〈か、直された〉

6m幅の立派な国道橋。国道1号の旭橋・千歳橋の車道部分と同じ幅である
流石国道138号、、、いや、当時は「特2号」である

同国道同時期の橋としては 金時沢橋・菅原橋 があるが、現存してるそれらは幅が狭い
また、宮城野橋が1954年〈昭和29年〉まで 3.6m幅と狭かったので、間の道路幅が狭かった可能性もあった

宮城野~仙石間では道路幅 6mの可能性が出てきた。小さな橋梁だが、データが判明した意味は大きい
〈この辺については他橋梁のデータも含めて、後に纏めます〉

鋼鉄桁がどんな姿だったか、今のトコ不明である。資料か写真が出てくれば良いのだが
1926年-1960年の34年間だから、災害等で被災してなければ、桁は変わってない筈

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探索の発端となった架空線だが、よくよく見てみると概ねカーブをショートカットしてる
旧道経由という事では無かった

今回はハズレだった、、〈が、結果的には大収穫ではある〉

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現橋の直ぐ上流に旧橋の橋台が残ってる・・・
今まで気付かなかったのは緑が凄く濃いぃという事だろうか
なにせ川面も見えず一面の木々のみである。合間から辛うじて橋台の一部が・・・
冬場はどうだったのだろう。落葉後に確認してみよう

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現橋が出来て54年。古い橋台には木々がアチコチ根付いてる
原型を保ってられるのは後何年だろう

大正末の橋台は静かに眠っている ≪一応完了≫
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