2015/06/19

箱根/現在の状況と過去の群発地震

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温地研のデータ


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地震発生回数の日別データ、毎日採ってたけど6月になって小康状態となり、もはや意味を成してないな


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1日の地震発生数も6/3以降2桁止まりで、そろそろ終息かと思うのだが、
4/26以前は1桁なんで、そのレベルに達するにはまだ時間が掛りそ

という訳で過去の群発地震のデータを見てみよう
2013年の温地研報告第45巻「箱根火山における群発地震活動の分類」に纏められている
オリジナル
http://www.onken.odawara.kanagawa.jp/files/PDF/houkoku/45/houkoku45_p01-08.pdf

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箱根における群発地震は、神山を中心に発生している
過去の詳細なデータが得られている2001、2006、2008、2009、2011、2013年の集大だが、
これじゃ比較できないので各々の・・・

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2001年〈2001年06月01日~2001年11月30日〉と2006年〈2006年09月01日~2007年02月28日〉

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2008年〈2008年09月01日~2009年02月28日〉と2009年〈2009年08月01日~2010年01月31日〉

2008年、2009年は中央火口丘直下より、湖尻辺りに活動域が集中しており、短期間
2008年データの末近くに有る地震データは、2009月2月の別の活動

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2011年〈2011年03月01日~2011年08月31日〉と2013年〈2013年01月01日~2013年06月30日〉

2011年の群発地震は、03月11日の東北地方太平洋沖地震(M9.0)の直後から始まっており、
誘発によるもので火山性では無いそうだ


それらを除く、2001年、2006年、2013年は、比較的長期間で、バースト的活動を繰り返している
今回〈2015年〉の群発地震も、これらに類すると思われ

温地研のデータとグラフレートが合って無いので判り辛いが、
2001年、2013年のデータとパターンが似てる気がする

群発地震としては数ヶ月続くので、今回も概ねそのように考えられるが、
ある程度小康状態が続いたら、噴火警戒レベルを引き下げても良いかと思う
2015/06/15

小田原市/青物町旧下水路

撮影日 2015年06月04日

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小田原市浜町。海岸近くの赤星からの通りが今回の場所

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古いコンクリ舗装である

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旧東海道、青物町交差点を越え・・・

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コンクリ舗装が続いてる

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この先、国道1号交差点まで

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小道に残ってるコンクリ舗装はまだあるが、
センターラインのある2車線道路でコンクリ舗装なのは小田原市で此処だけかと思う
〈旧河川でコンクリ蓋の道は結構あるが、ソレは所詮「蓋」だから〉

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しかもこの区間にはこんなモンまである

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道路の真ん中に点々と続いてる

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埋め戻されてるが、恐らくコレは古い下水路のメンテナンス口。早い話がマンホールである
縁が石を加工して造られてて、コンクリ舗装以前のモノだろうか

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この通りが現在の姿になったのは、昭和17年からの都市計画で、昭和23年に完成予定だったが、
太平洋戦争に突入してるので予定通りには行かなかったであろう、、
実際に工事が完了した年月は今の処不明である

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しかもこの通りは都市計画以前から在り、青物町という通り名は小田原北条氏の頃からの由縁である

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旧マンホールは埋め戻されているので、
当然の如く新しい下水路が通っており、御馴染の丸マンホールが有る

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道路をよく見ると西側端だけコンクリ舗装が違う
このラインを切って新しい下水管を敷設したんだろな

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古い下水路は、舗装が古いままなんで道路の下に今も残ってるかも知れない

四角いマンホールが微妙にセンターラインに合って無いので、拡幅以前に造られたんではないかと・・・
当初思ってたんだが、小田原市のHPによると、市の下水道整備は昭和34年〈1959年〉から始まったそうだ

じゃ、古い下水路は昭和34年以降か、というと、もっと古い気がするのだ
新しい下水路が昭和34年以降の本格的整備によるもので、古いのは、、、

市制以前の町の資料を漁ってみるかな。調査で何か判ればまたその時に
2015/06/11

早川の濁色

撮影日 2015年06月10日

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昨日の箱根行きの際、早川が濁ってるのに気付いた
梅雨に入って前日にソコソコ雨降ったが、ドコの流れだろう

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蛇骨川が澄んでたので、宮城野へ降りて見ると、大文字橋からの早川はご覧の様子

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企業庁の水源を過ぎ

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銚子の口では水は澄んでた
という事は・・・

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やはり元は大涌沢、大涌谷だろうか

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〈2015.05.20〉普段も濁ってる沢だが、雨で大量に流れ出たのか

雨の度にチェックしてみたいが、雨だと出張らないからなぁ
2015/06/10

箱根自走仕事行き

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御塔坂から。本日は梅雨の晴れ間、、というには雲が多い。それでも一日雨降りの無い予報

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箱根湯本はスルー。本日は水曜で殆どのクライアントは休み

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函嶺洞門で一休み
重要文化財に指定される事が決まったが正式にはどーなったんだろ
文化財オンラインにはまだ載って無いので告知がまだなのかな

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急カーブの旧カーブで一休み

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大平台下で22度と涼しい筈なんだが、汗が全然乾かず、ベッタリと纏わりつく
湿度が高いみたいだ。戻ってから見ると50%以上

今日は久々に表側から自走で登ってみた
南足柄側からは何度か登ってるが、箱根湯本経由は、、2014年12月25日以来、、って今年まだだったんかいな

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強羅で一仕事終える

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強羅駅から大涌谷方面
ガスが若干減ったと聞いてたんで、行ってみたかったが、こんな調子だったので諦め
宮城野へ降る

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仙石へ向かう。碓氷洞門の温度計は19度なんだがやはりムシムシする

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箱根ハイランドホテルから振り向くと大涌谷が見えた

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どうだろ、まだ普段よりちょっと多いかな蒸気〈湯気〉

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仙石では食事して動向など確認し、いつも林道へ
写真撮れるウチに着いたが、日が長くなってるだけか、もう直ぐ夏至だものな

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ピークの金時隧道で15度まで下がった。流石に寒い
デイパックに入れっぱなしだった3シーズン長袖・タイツが役立った
地蔵堂下で16度だったから、上だけ寒かった訳じゃない


体力的には余力があって、明神林道越えはサクサク行けた
やっぱ暑いのは駄目だわ~
2015/06/09

比奈窪バイパスの謎

撮影日 2015年05月31日

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県道77号線/比奈窪バイパス工事で、県道709号線側交差点付近、バイパス道路が狭くなる事をお伝えした
今回、どーしてそうなったのか、調査して私なりの考えをまとめてみた

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バイパス道路の交差点側を見ると、道幅が狭くなると共に歩道外側の用地も狭くなってる

右側が未収用なのに対して左側は空き地、外側にフェンスと用地は取得してる
一部「田」が喰いこんでるが、しようと思えばできたかも知れない

また、この段階では「歩道を削れば道幅は確保できるな」と思ってた
未収用地があっても暫定的に歩道を繋がず、車道のみを施工する事はあるからだ

なぜそうしなかったのだろう・・・

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そして、未収用の場所より随分向こうで狭くなってる事も不思議だった
用地確保が出来ないので「狭くする」なら、その場所から狭くなるようにすれば良いのに

道路が狭くなった要因って、未収用とは関係無いんしゃないか?
〈そういう意味では、未収用という表現は正しく無い〉

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比奈窪橋の向こう、既設区間の道幅は広い。測ってこなかったが、凡そ9m幅はあると思われ
バイパス道路は全線の大部分が広い

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ではなぜ交差点に向けて狭くなるのか・・・

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交差点はT字型である。直進は出来ない。その為に狭窄(きょうさく)した?

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狭窄とは意図的に道路を狭くし、速度を減少させたり、安全運転を促す

主に生活道路で用いられ、2車線道路なのに狭窄ですれ違いを出来なくする程狭めてる例もある
裏道対策として用いられる場合もある
主にポールなどの障害物で狭める例が多い

てなモンだが、T字路で用いられたんだろか
幹線道路〈主要地方道〉でこのような例は見聞きした事はないのだが・・・

あくまで推測だが、他に理由が思い付かない



こっからはついで

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しかし、なぜにこんなT字路にしたのだろ・・・
県道77号平塚松田線がメインで、県道709号中井羽根線はオマケで良いのに
交通量は77号線の方が多いだろ、、、

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交通量調査については、平成17年のモノしかWeb上では見付けられんかった
コレじゃ見難いので・・・

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抜粋した

77号平塚松田線の中井町鴨沢515は下の地図赤星
709号中井羽根線の小田原市中村原168、同青星となる

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県道77号線、比奈窪の先のデータが無いのは痛いが、仕方ない

データ的にも県道77号線の方が交通量は多い

県道709号線の調査場所が国道1号に近すぎ、
比奈窪との間にある企業〈中村辺りに日立系〉も県道77号を通るだろうが、
夜間の普通貨物車を見て欲しい

県道77号線の普通貨物車-夜間が1581台と、昼の1418台よりも多い
運輸において、夜間が多いのは物流分野である

中村の企業が24時間動いてるなら、コッチとも考えられるが恐らく違うだろ。乗用車がグンと減るから

さするに県道77号の主力交通は、比奈窪の先、井ノ口~平塚〈金目〉ではなく、、、
どう見ても秦野中井IC、その付近の企業だろう

昭和56年〈1981年〉にインターチェンジが出来た時は「こんな山ん中にどうして?」と思ったが、
県道71号秦野二宮線が整備され、平成元年〈1989年〉全線改良
県西唯一の名ばかりでは無い主要地方道となった 〈他は酷いんだが山々に囲まれてるから仕方ない〉

IC近くにグリーンテク中井〈工業団地〉も整備された

区間の県道77号線も新道となったが、才戸交差点で右折する新道〈12m〉に対して、
直進するインター境線の方が16mと幅が広いのには驚いた。町道なのに 〈12m、16mは歩道を含む道路幅〉
グリーテク中井の中心道なのだから妥当だが、
もはや県道77号は「此処までの道」と平塚までの「その先」と目的が変わってしまったかも知れない


話を戻すと、県道77号の夜間-1581台は、秦野中井IC方面と見て間違いないだろ

大井松田ICと秦野中井ICを結ぶ流通路として主にトラックの通行が多い
比奈窪バイパスは古く狭い道を迂回するのだが、円滑に通行できるようにする必要がある筈だ

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安全の為の狭窄だとしても、通行に支障が有り過ぎては問題になるんじゃないかと思われ

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いや、そもそも何故此処をT字路としたんだろ

以前にもちょいと出たがT字路を角に曲がるルートが主交通なのはマズイ筈である
サブとなる道が無きゃL字型直角カーブだから、そりゃそうだ

〈余談だか、色々調べててT<ティー>じゃなくて丁<チョウ>が正しいのだそうだ。
なる程、X<エックス>じゃなくて十<ジュウ>字路だものな。ただしY<ワイ>字路はある。
ただ、T<ティー>字路というのは既に一般化してるのでドッチでも良いそうだ〉

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/49/32137249/img_12_m?1433821932

てな理由から、バイパスは本来こんな形になるのが理想だったと思われる
まぁ夢物語と言う事で
2015/06/08

二宮町百合が丘の丸ポスト

撮影日 2015年05月31日

久々の丸ポストねた

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/20/32127220/img_5_m?1433312853

二宮町百合が丘の大杉野酒店脇にある丸ポスト
小田原厚木道路の二宮ICの近くにある

車で通る度に此処来なきゃ、、と思いつつ何年経った?
ようやくついでのついでに訪れた

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/20/32127220/img_6_m?1433312853

勿論現役である

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/20/32127220/img_7_m?1433312853

勾配のある道に置かれてて、台座で平になるようにしてるのだが、まだちょっと傾いてる
〈気がする〉
先日の地震で動いた?


実はちょい前に大礒町で2本目の丸ポストを見つけて、一緒に書こうと思ったんだが、
なんと1本目の記事が無い、、書いて無いのか>俺

写真も見つからない。4年位前の筈なんだが
1本目も現存してるのはそん時に見たのになぁ。また写真撮りにいかねば
2015/06/06

小田原城

撮影日 2015年06月04日

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/74/32131674/img_0_m?1433527260

小田原城である

江戸時代城を昭和35年〈1960年〉再建した鉄筋コンクリート製
〈ただし最上階の高欄付き廻縁はオリジナルには無い〉

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/74/32131674/img_1_m?1433527260

この城も間もなく見納めとなる

木造再建の話もあるが、そっちじゃなくて耐震補強工事が7月から始まる
城の廻りには足場が組まれるので、見れるのは今月中。また、中に入れるのも同様
工事が終わるのは平成28年4月30日の予定

小田原市/小田原城天守閣の耐震改修等工事に伴う休館のお知らせ
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/odawaracastle/news/closed.html

またそれまでの土日限定で閉館時間の延長が行われている
通常、午前9時00分~午後5時00分(入館は午後4時30分まで)
土日、午前9時00分~午後6時00分(最終入館午後5時30分)

入館料 一般 410円、小中学生 150円

小田原市/小田原城天守閣開館延長のお知らせ
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/kanko/odawaracastle/event/ki-20150605.html

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/74/32131674/img_2_m?1433527260

ついでに御色直しして貰って綺麗になると良いね
2015/06/05

箱根/現在の状況と火山学者

こんなニュースが

06/03、「噴気弱まる」見方広がる 大涌谷の温泉供給施設/Yahooニュース/カナロコ配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150603-00001483-kana-l14

06/04、箱根山「蒸気の勢い弱まる」 気象庁も確認/Yahooニュース/カナロコ配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150604-00001507-kana-l14

このまま終息してくれると良いですね

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1036370/79/32130179/img_0_m?1433457168

5/28にも書いたけど温地研のデータ

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1036370/79/32130179/img_1_m?1433457168

昨日<6/4〉までのデータを一覧。前のは見辛いとの事なんでこんなのではどーでしょう

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1036370/79/32130179/img_2_m?1433457168

5/10から6/4までの震源マップもgif化
サイズが大きく成り過ぎ、ブログアップでコケちゃうんで、ちょい小さくしてます

06/03、箱根さらには富士山も? 3.11震災きっかけに噴火列島時代へ〈週刊朝日〉/dot.配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150603-00000004-sasahi-sctch

この中で島村英紀氏が

「〈略〉大噴火は17世紀以来100年に4~6回は起きてきたが、
1914年の桜島と29年の北海道駒ケ岳を最後に途絶えている。
〈略〉はるかに大規模な噴火が21世紀中に複数回起きてもおかしくないわけです」

ん?ここ100年大きな噴火が起きてもおかしくない?

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1036370/79/32130179/img_3_m?1433457168

これは「wikipedia-噴火」に書かれてる
「西暦紀元後に発生した噴出量が1.0km3以上の非常に大規模な噴火および記録的な噴火、
および1900年以降に発生した噴出量が0.1km3以上の大規模な噴火および記録的な噴火」
の噴出量を西暦別に集計したモノです

1900年以降は基準が違うのと、20世紀になって観測が進んる関係か細かいデータも拾ってるので、
それ以前とは比較にならんが、17世紀以降確かに噴火は減ってる
しかし、17世紀以前はどうでしょう?
あまり古い世紀のは参考にならんと思うが、単に17世紀が当たり年だっただけなんじゃないかと思う

噴出量で見れば、激しい世紀もあるし、穏やかな世紀もある
火山の活動って、100年でナンボみたいな、そんな単純じゃ無いと思うし

ニュースではさらに

「箱根山では今は小規模な水蒸気噴火が警戒されているようですが、
大規模な噴火が起きない学問的な保証はまったくありません。」

確かなんすが、、、

気になって氏のページ「島村英紀のホームページ」を斜め読みですが見てみた
http://shima3.fc2web.com/

判らない、、、、ぃゃ、Webページの構成が、といか、ハナシが荒唐無稽とか難しすぎてとかで無く

氏のHPから「火山の噴火予知は学問的にはまだまだの段階」

概ね氏の考え方はこのようで、それって予知は出来ない、
すなわち「噴火するかどうか『判らない』」という事なんじゃないでしょか

なのに「起きない保証は無い」と言い切れるんだろか
それともソレって現在の火山学が駄目駄目なのを力説してるんでしょか?


一連の火山活動で、火山学者さんは大忙しかと思います
しかし、コメントには十分な配慮が必要だと思いまする

「噴火したら大変な事になる」と注意喚起するのは必要だとは思いますが、
危険性ばかり注目されてます

火山学者が可能性有る、と言ったのなら、
〈予知できないとは思ってない〉普通の人は、「噴火しそうだ」「するらしい」と考えてしまいます
現にWeb上じゃ噴火イケイケ状態のサイトがウジャウジャ

後に「噴火しなかった」り、「全然違うトコが噴火」した時にどうなるんでしょ

火山学者の言う事は当てにならん、、てな事になってしまう

噴火する可能性が有る、は、噴火しない可能性もある、と明言すべき
すなわち判らないなら、「判らない」と言って欲しい 〈じゃなきゃ何も言うな〉

火山学者の御意見としては、こういうのが正しいと思う。例え結果が違っても

Yahooニュース朝日新聞デジタル配信「箱根山、噴火せず沈静化の可能性96% 静岡大が推定」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150527-00000014-asahi-soci

読売オンライン「箱根山、マグマ噴火の可能性低い…東海大教授」
http://www.yomiuri.co.jp/science/20150525-OYT1T50094.html


せめて
「噴火するかは〈現在の火山学では〉判断出来ないが、万一の場合に対処できるよう備えて」とかね



ついでネタですが、ニュースでさらに

「箱根山は最後に噴火したのが鎌倉時代とみられていますが、不思議なことに何も文献が残っていない。」

この件は確かに謎なんす。大涌谷テフラ群での調査で判ったんすが・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/1036370/79/32130179/img_4_m?1433457168

大涌谷噴気地帯で降下テフラ〈火砕物/火山灰、軽石、スコリア〉が確認され、
炭素14年代測定により12世紀から13世紀に水蒸気爆発をしたと考えられてます
炭素14だけでなく、神津島天上山テフラ層が鍵テフラになるので、年代測定に問題があった訳でも無い

12世紀は源頼朝(1147年 - 1199年)、義経の時代ですから
御馴染1192造ろう鎌倉幕府が1333年まで続いてたのです

頼朝は伊豆に流され在地豪族である北条氏と繋がりをもったので、
鎌倉時代にも伊豆は関係の深い場所ですし、
小田原には仕えていた相模波多野氏の出城があったと言われてます

箱根の温泉地も既に開かれており、大涌谷直近の姥子温泉は鎌倉時代既にメジャーでした

さてはて、真相はいかに
2015/06/04

箱根小涌谷事情

日付無し写真は 2015年05月22日 撮影

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_2_m?1433349864

大涌谷リベンジで国道1号から県道734号線へ入ると・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_3_m?1433349864

Oh!小涌園、、ぇーと、ユネッサンイン解体中、っーかもう殆ど終わり

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_4_m?1433349864

県道を超える渡り廊下は残ってる

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_5_m?1433349864

上へ廻るとこちらの建物全て解体済み

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_6_m?1433349864

潰れたんじゃありません。リニューアルで新築です

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_7_m?1433349864

ユネッサンインと渓谷エリアを潰して・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_8_m?1433349864

こんな風な宿泊施設を造る。2017年春オープン予定

かつて泊まりがメインだったのを、湯~とぴあで日帰り重視と変わったのだが、
再び泊まりの方に力を入れるようだ

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_9_m?1433349864

ちなみに下のユネッサンや国道下側のホテルは営業してるので、どんぞ御利用ください

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_1_m?1433349864

最後の写真は大分前だなぁ

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_10_m?1433349864

その前、、と探して改装前のを見つけた。ペガサスの頃?


30年ちょい前、此処に入ってるテナントで仕事してて、1年半位通ったかな
実際の現場はこどもの村で、温室もまだあった頃。結構友達も出来て、、懐かしいなぁ



https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_11_m?1433349864

三河屋さんの向かいに在る・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/57/32128257/img_12_m?1433349864

蓬莱園ですが、名前が変わったりして、、、ぃゃ、蓬莱園の方じゃなくて、小涌谷が園に・・・

蓬莱園は三河屋さんが持っていた〈無料で公開してた〉が、
譲渡され6月末から小涌園の所有となります

既に箱根ホテル小涌園庭園と橋で繋がっており、行き来できます


う~む、小涌園、力入れてるなぁ
2015/06/03

二宮町震度の件と地盤

今日チェックしたら、30日の地震での二宮町の震度5強がニュースとして上がってました

Yahooニュース/朝日デジタル配信
「なぜ本州で唯一「震度5強」観測 揺れる神奈川・二宮町」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150603-00000012-asahi-soci

本州で唯一の震度5強ですから、話題になるのは判ります
ただ、
「隣接する大磯町や中井町は震度3なのに、二宮町だけがなぜ――。」
と書かれてて、
周りより大きく出る、、と印象付けるのはどーかと思う

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/20/32127220/img_0_m?1433312853

確かに大礒町や中井町は震度3だが、隣接する小田原市は震度4、、
地震計を置いてある荻窪は、市役所だと思うんで距離があるか

それでも大礒町、中井町の外側にある大井町、平塚市は震度4

図で見ると逆に、大礒町・中井町はなんで低く出るの?てな事に
地盤の関係かと思いますが、そんなに単純では無いという事ですね

余談だか、熱海市泉で震度1というのも、、直ぐ近くの湯河原町で震度3なのに


https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/109946/88/32122288/img_26_m?1433077119

二宮町地割れ被害見聞で地震計を置いてる消防署の件もちょいとハナシたけど、
そもそも二宮町ってどんな地盤なのか、ざっとは知ってましたが、ちょいと細かいトコまで調べてみました

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/20/32127220/img_1_m?1433312853

国土の地形分布図です。丁度二宮町が地図の切れ目になってて、左右の地図は違います
おまけに制作年が違ってて、微妙に合わず。。使われてる表現〈凡例〉が同じだからまだ良いが・・・

このままじゃよく判んないので

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/20/32127220/img_2_m?1433312853

とりあえず細かい分類をまとめて区分別に・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/20/32127220/img_3_m?1433312853

現代地図に持ってくるとこーなります

大体の位置関係は判るがそれより・・・

https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fe-4e/bazu55555/folder/725107/20/32127220/img_4_m?1433312853

航空写真に重ねた方が、二宮町民の皆さんがドコに住んでるか判り易い

山《茶色》〈オリジナル区分/一般山地〉
 住んでる人は流石に少ない

人口地形《青色》
 概ね造成地。元は山地だが、削ったか盛ったか、
 場所によって違うのでここら辺は判らないです。造った人に聞いてください
 元資料が昭和60年と古いので、新しい造成地は載ってません

完新世段丘《赤色》
 大礒丘陵の特色でもある海岸近くの台地
 西は国府津駅近くから東は大礒中学校辺りまで、川沿いを除いて標高20m程の高台が続いてます
 元の海岸〈海岸低地〉が隆起した場所

 二宮町では安定した地盤と思われ

砂《黄色》〈オリジナル区分/砂丘、砂堆〉
 ぃゃマジだって。古い航空写真でも防砂林がワサワサ生えた砂丘が続いてる

 ちょっと揺れ易そう

平野《緑色》〈オリジナル区分/低地の一般面《谷底平野、後背湿地、氾濫平野、湿地》、盛土地、自然堤防〉
 〈今回の区分では〉概ね川沿いの堆積地。川沿いの盛土地〈低いトコを嵩上げ〉、自然堤防を含む

 やはり揺れ易そう


川沿いの堆積層地や砂丘地では、その下の基礎地盤〈という表現が正しいか不明〉までの
厚みや堆積してる地質によって、揺れ易さなど違う気がします

故に一概には言えないけど、
二宮町では安定した段丘と、海岸・川沿いでは揺れ方に大分差が出るかと思います

揺れた〈地震計〉/揺れない、と場所によりけりかも


あと、町議さん。あんまし自分トコの町が軟弱地盤と騒がないほーが良いかと思いまする