
箱根越えのルートを推察してみたものの、ホントに合ってるか判らない
なにせ湯坂路は何度か歩いてるが、そんな櫓なんて見た事もない。箱根西坂も同様だ
(少なくとも谷津の櫓を知ってるので、同様のモノが在れば気付くと思う)
資料を探して、ようやく工事に関する物を見つけた

昭和3年に逓信省が発行した『東京神戸間長距離電話「ケーブル」工事の概要』である
その中から装荷線輪用櫓と、箱根超え区間の工事に関する部分をピックアップする

装荷線輪用櫓。コンクリ製の標準的タイプ

同鉄骨タイプ
#1、電気通信技術教科書に載っていた写真のオリジナルか?
細かいトコまでハッキリ判る

鉄骨タイプの櫓で装荷線輪との接続
以上の3点の写真は、勾配と太陽の方向、畑の作物から箱根西坂側かと思われる

これは本件とは関係無いが他に写真が無かったのでついでに・・・地下式のケーブルハット

東京-神戸間で架空式と地下式の割合は、ほぼ半々のようだ
電柱は標準長 7.3m、柱間距離 30m
70mを超えるとカテナリー吊架となるので、30mオーバーもアリとなる
装荷線輪(装置)用櫓、主として鉄筋コンクリート、長さ 5.5m、幅 4.5mのプラットホーム
(鉄骨製もプラットホームの大きさは変わらない筈である)

足柄電話中継所

当初の用事予定は、東京-小田原間を大正12年度、小田原-静岡間及び名古屋-京都間を大正13年度、
静岡-浜松間及び京都-大阪間を大正14年度、浜松-名古屋間を大正15年度、
大阪-神戸間を大正16年度であった
大正12年9月の関東大震災の結果、東京逓信局内(関東+山梨、静岡)の工事着手を遅延
東京小田原間に使用する予定の材料を名古屋-京都間に使用し、名古屋-京都-大阪間を先に開通
施工期を変更し、昭和3年11月1日全部(東京-神戸)開通

足柄-沼津(中継所は無いので工事区分に過ぎない)間、地下式 9.9km、架空式 28.7km、 計 38.6km
昭和2年9月11日開通
沼津(大手町交差点)-三島(大社町西交差点)の旧国道ルートで 6.15km、
三島町の外れ五本松交差点までだとすると 8km程が地下式と思われる
あと 2km程どっかで地下式となり、残りの 28.7kmが架空式

装荷間隔は厳密に1830m
線路選定には苦労したようで、測量字に数回改側した程である
さて、一番重要なルートについてだが・・・
小田原沼津間 箱根越部分は旧道及び新国道共ケーブル施設に不適当
箱根湯本より芦の湯まで鷹の巣峠に大部分架空式
その他はおおむね国道に沿い大部分架空式により施設
こんだけ、、、概要だからしょうがないか
旧道は旧東海道、新国道は明治39年に指定された現国道1号
箱根湯本より芦の湯=湯坂路な訳だが、鷹の巣峠ってドコだ?
湯坂路であるのは間違いないようだ。鷹の巣峠については心当たりがあるので別途

ケーブル運搬。右側が箱根付近
てっきり車で運搬してたと思ったのだが、人馬で引き上げてる

かくして東京-神戸間に長距離電話ケーブルが敷設されたのである
以上抜粋である。詳しくはオリジナル参照の事