2011/12/31

今年最後のメンテ

今年の仕事も終わ、、、って無いけど、来年やるって事で終了
明るいうちに帰って来れたので、今年最後のメンテナンスをする

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109965/img_109965_28989774_0?1325320874

ざっと洗車してひっくり返す
今年も頑張ったね

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109965/img_109965_28989774_2?1325320874

ブレーキシュー。まだ大丈夫かと思ったけど、外してみるとソコソコ減ってる

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109965/img_109965_28989774_1?1325320874

新品に交換

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109965/img_109965_28989774_3?1325320874

ホムセンで見つけたスプレーグリス。安かったのだ。138円 〈ダイジョウブか?〉

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109965/img_109965_28989774_4?1325320874

ウエスに出してみると、液体がシューっと出て、揮発した残りがグリスのようだ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109965/img_109965_28989774_5?1325320874

フライホイール辺りに突っ込んでみた

チェーンも洗浄

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109965/img_109965_28989774_6?1325320874

ライト系も電池を全て交換

準備は万端だ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109965/img_109965_28989774_7?1325320874

今夜からナイトラン、九頭龍神社に初詣して、あの辺に行ってあの辺登って....
新年の挨拶は戻ってからになります

どんぞ、よいお年を!
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2011/12/29

御殿場線/鍛冶屋敷沢橋梁〈仮称〉 #2

#1の続きです

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_12?1325117528

鍛冶屋敷沢上流、旧上り線のアーチ
アーチ型橋梁と呼んでいいのか、暗渠と呼ぶべきなのか・・・
形状的には橋で間違いないと思うんだけど

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_13?1325117528

長らくコンクリ製だと思っていた。何せこちらは御殿場線現役の橋なのだ
両側をコンクリで補強されている煉瓦造りだとは気付かなかった

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_14?1325117528

川の流れに接する部分は石積み、その上に煉瓦が積まれている

石積みにポツポツ開いてる穴はなんじゃらほい
試しに指突っ込んでみたけど、底に着かんかった

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_15?1325117528

煉瓦は垂直に積まれ、上部のアーチはその上に別構造で積まれていた

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_16?1325117528

側面は長・短の組み合わせだが、天井面は長辺のみの積み方をしている

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_17?1325117528

コンクリの補強は半端ない厚み

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_18?1325117528

コンクリ補強は、昭和43年〈1968年〉御殿場線電化の際に行われたと思われる

昭和18年〈1943年〉に単線化で使用されなくなって25年、再び現役となった
明治22年〈1889年〉生まれの御殿場線最古参橋梁である

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_20?1325117528

右岸の石積みも、左岸と同様・・・やっぱ穴開いてます

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_21?1325117528

旧上下線の間隔はこの位
橋梁両側にある隧道の間隔と言ってよいと思う

#1で旧下り線橋台が明治22年の開業時のもので無い、、、と言ったのには、もう一つ根拠があります

箱根第一隧道旧上り線側は明治21年建設、対して旧下り線側の隧道は明治31年建設と判っています
ここら辺の旧下り線は、明治34年〈1901〉の複線化に合わせて建造されている

上下線で橋梁形式が違うのも、建造時期の違いで橋桁等の技術的進歩があったからではないかと思います

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_22?1325117528

鍛冶屋敷沢上流側から

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_23?1325117528

明治21年頃には、川幅を狭めてアーチを架けるしか無かった・・・
120年程昔の出来事

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_24?1325117528

茅ヶ崎の青木一郎様より貴重な御写真を頂きました
昭和39年3月13日撮影の鍛冶屋敷沢橋梁〈仮称〉です

電化以前。旧下り線が現役だった時のモノ
箱根第一隧道を出て橋梁を渡る気道車
橋梁の姿は現在と変わりません

左側〈上流側〉の旧上り線には、コンクリ補強される以前のアーチ橋上部が・・・
草がチョビチョビ出てるようなので、フル煉瓦造りだったと予想されます

くわっ~見てみたかった〈当時はまだ幼少だったので、この辺まで来た事ありません〉

是非に同じアングルで写真撮りたかったのだけど、叶わなかった
かなり高い位置から撮影されてる

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_25?1325117528

青木様の別写真。都橋からの箱根第二隧道

隧道脇の法面が現在と違う
先の写真は法面の一部に登って撮られたか

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_26?1325117528

現在の姿です
抗門の上に行くのもちょいと無理


昭和43年、ここいら辺は使われていない旧上り線側のトンネルを拡幅、
架線などを設置して線路〈上下線〉を切り替える事により電化を実現しました

小さな沢の小さな橋梁ですが、御殿場線〈旧東海道本線〉の歴史がギュッと詰まった場所です


青木様には以前にも貴重な情報を頂いた事があります
今回も大変参考になりました。ありがとうございます


終.......

えっ、青木様の御写真に都橋旧橋の重大な姿が写っているって?
それは次の機会に
2011/12/29

御殿場線/鍛冶屋敷沢橋梁〈仮称〉 #1

大変お待たせ致しました。鍛冶屋敷沢橋梁のレポートです
なぉ、橋梁の正式名は不明ですので、仮称となります

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_0?1325117528

箱根第一号、二号隧道に挟まれた明り区間、鍛冶屋敷沢を渡る橋である
かつての東海道本線の複線橋梁であるが、
上下線並んで架かっているのに橋梁形式が違うという珍しいケースだ
場所は此処になる地図

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_1?1325117528

まずは下流側旧下り線の橋梁、鍛冶屋敷沢右岸の御殿場方
角石が積まれた煉瓦橋台だ

皆瀬川橋梁や、第一相沢川橋梁の煉瓦積み橋台は、角石が積まれていない
その他の小橋梁でも同様である

複線仕様の橋台、及び第一相沢川橋梁の橋台は、明治22年〈1889年〉の単線開業時の建造と考えられるが、
この橋台はちょいと違うらしい

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_2?1325117528

煉瓦積みには亀裂があり、修復している
関東大震災の時だろうか・・・
大正12年関東大地震震害調査報告書には、この橋梁で被害が出たとは記載されて無かった

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_3?1325117528

なかなか立派な橋台だ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_4?1325117528

続いて左岸、国府津方
こちらも同様の橋台が築かれている

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_5?1325117528

護岸の上に立っているのか、護岸が後に造られたのかは、降りた時に確認を忘れた
結構興奮してたんだなぁ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_6?1325117528

こちらも重厚な趣のある姿だ
橋台上部、軌道が載ってる部分、右岸側はコンクリ化されてたけど、こちらは煉瓦積みのままだ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_7?1325117528

煉瓦から木々が芽吹いている
おっきくなる前に引っこ抜かないと、損傷の原因になるんだよなぁ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_8?1325117528

橋台上部の軌道が乗っかる部分、煉瓦のままの姿だ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_9?1325117528

ついでなんで、ここから見えるガーダーと右岸橋台も撮影

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_10?1325117528

そのガーダー。御殿場線電化まで現役だった桁だ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28981251_11?1325117528

プレートはかろうじて現存している
しかし、下からではしょぼいデジカメでは撮りきれんかった
鉄道「院」か「省」なのは確実なんだがな

長くなったので、上流側旧上り線のアーチは #2に。続く
2011/12/28

ひとっ走り丹沢湖

仕事でもチャリ乗るけど、いかんせん平地ばかり
久野超えとか走るけど、体が鈍ってしかたない

てな訳で、忙しい中時間造ってひとっ走り
ホントは箱根湯本とか廻りたいのだが、関係者に遭遇する可能性が高いんで・・・
〈そのまま拉致されて仕事に引っ張り回されそう〉

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_0?1325061740

県道76号線、鞠子橋から谷峨に向かう途中でツララが成長している
凍結注意なんて看板が出てる辺りだ
山の北斜面は日が射さないから、こんな風景が見れる

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_1?1325061740

と走ってると清水橋手前でなんと路面凍結。も少しでコケるトコだった

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_2?1325061740

ガチガチに凍っています

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_3?1325061740

旧国道246号、新清水橋側。かつての車道を歩道として利用されてるトコだ
普段から流水があるので、注意してたけど飛ばしてたら大変な目に合ってた

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_4?1325061740

道の駅山北で一休み。平日なんで営業はしてなかった

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_5?1325061740

山市場の土砂崩れ現場、今だ片側通行だが、道路の復旧工事はほぼ終わったみたいだ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_6?1325061740

新しい法面も出来上がっている

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_7?1325061740

工事期間は一応春まで

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_8?1325061740

実際に崩れた山側とか、まだ工事するのかも知れない

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_9?1325061740

神縄を過ぎてディンプル道を登る
神尾田トンネル手前の温度計は6度を示していた
慣れちゃうとそんな寒く感じないから不思議だ
ちなみに、松田の文久橋で10度だった

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_10?1325061740

丹沢湖に到着
しかし、時間無いので周回とかせずに戻る

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28979048_11?1325061740

流石に下りは厳冬期用グローブを装着〈右側〉
他のトコは我慢できても、指先が凍る〈?〉とブレーキ握れないからね
2011/12/28

メインPC復旧

イメージ 1

 
HDDが怪しくなったメインPCですが、HDDを入れ替えてようやく復旧
これで通常に戻れます

とはいえ年末進行、、ぃゃ既に年内には終わらない様子
ボチボチと更新してゆきます

あんな煩かったHDDから何の音もせんと、動いてるのかと不安だ〈笑

2011/12/25

メリクリ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/1036370/img_1036370_28966991_0?1324762215

世の中は3連休とかクリスマスだが、自分にゃ関係無い
せめて1日位休みが欲しかったけど、残念な事に無理

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/1036370/img_1036370_28966991_1?1324762215

昨日もグルグル廻って、箱根湯本の新築ビルを出た頃には暗くなってた
帰りがけの駄賃に付近を廻ろうと思ったのになぁ

メインPCのHDD不良は、最適化とキャッシュ固定でとりあえず使えるようにしたけど、
根本的対策とらないと、、、生きてるうちに

別件でミニノートPCを手に入れた。旧ノートは破棄だなぁ
2011/12/22

更新が滞っております

イメージ 1

 
そこそこ忙しいというのに、こんな時に限ってメインPCが不調となる
ディスクのアクセスに行ったまま暫く戻ってこんのだ

こんな時の為のノートPC、起動ようとしたら動かん!
HDD取り出してみるとカラカラ音がする(多分ベッド落ち)。しぉしぉ

まだ仕事用PCがあるからアクセス等は出来るけど、
仕事以外にゃあまり使いたくないのだ

仕事と並行してチェックやらをしてるんで、ブログ等の更新ができません


そんな訳で暫し御猶予を頂きます

2011/12/19

県道76号線/都橋 旧々橋

上から見た考察 の確認である
当日まで知らなかった旧々橋なので予備知識ゼロ。多少調査不足ではあるが、ご勘弁ください
なお、旧橋の調査についてはこちら

旧々橋は明治期に架けられたモノと推察できるので、県道の橋では無い
タイトルは「どこの橋か」判る様、統一したまでだ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_0?1324301479

鍛冶屋敷沢右岸の石積み橋台
右隣にある旧東海道本線〈現御殿場線、未使用〉の煉瓦橋台にぴったりくっついている

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_1?1324301479

石積みの段差になってるトコに橋桁が架けられていた

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_2?1324301479

よいしょと登ってみると、橋桁が置かれていたであろう面には、コンクリで平にされていた

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_3?1324301479

鍛冶屋敷沢右岸の石積み、旧橋竣工の際に足されたと考えられる
旧々橋の時代には、赤でマークした部分は無かったと思われる

道が現道の高さであったなら、そこからスロープで下ったか・・・

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_4?1324301479

酒匂川上流側、当時の道を知る術は無かった

瀬戸方面への道となると、安永8年(1779年)の瀬戸堰位まで遡れると思うが、
その頃に川沿いの道があったかどうかは未確認だ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_5?1324301479

鍛冶屋敷沢左岸の石積み
県道から見た時点では角積みの上に丸石が積まれてるとしか見えなかったが、
上流側には角石積みが残っていた

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_6?1324301479

丸石積みの部分は、壊れたのを修復したのと思われる
ただ、橋台としてでは無く、後ろ壁面の石積みが崩れるのを防ぐ為程度かと

後ろ壁面の角石積みは、橋台の積みと酷似しているので、同時期のモノだろう

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_7?1324301479

左岸橋台の上に登ってみた

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_8?1324301479

丸石積みの上に組成の荒いコンクリが打ってあった
丸石が崩れるのを防ぐためか?

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_9?1324301479

右岸橋台と比較すると、左岸橋台は丸石積みより低い位置、
角石積みの高さ位が、橋桁の高さに釣り合う

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_10?1324301479

径間は意外とあるので、木橋と予想されるが1スパンで架かっただろうか・・・
木製橋脚があったと考える方が妥当かもしれない

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_11?1324301479

左岸橋台には段差が無い。これは橋台の奥まで橋桁が架かっていたからと思われる

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_12?1324301479

旧々橋左岸側は余地が無いので、橋への出入りは90度曲がって行われていたのではないだろうか

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_13?1324301479

道へのアプローチも、このように九十九折れたか、現橋の辺りから上がったのかも知れない

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28948687_14?1324301479

酒匂川下流側。直ぐに安戸の集落である
恐らく現在の道と同じ位の高さに道が通じていたと考えられる

なお、この時代には山北発電所の水路はまだ無い
安戸隧道も無いので、当時の道がドコ通っていたのかは未調査だ


さて、旧々橋及び酒匂川左岸道については、安永8年(1779年)位まで遡れると書いたが、
現在残っている旧々橋の遺構は明治期のモノと推測される
旧東海道本線〈現御殿場線〉の橋台とぴったりなのは、鉄道工事に合わせて造り直された可能性が高い
当然ながら鉄道工事の作業道としても使われたであろう

明治22年〈1889年〉の単線開業か、明治34年〈1901年〉の複線化頃の竣工と思われる

一地方の人馬道にしては、橋台が立派過ぎるのも、同工事によるからと考えられる

それでも、明治期の橋の跡が、
この暴れ川沿いに残っていたという価値は非常に高いんじゃないかと思う
2011/12/18

県道76号線/都橋 旧橋

そんな訳で 県道76号線が鍛冶屋敷沢を越える都橋には旧橋、旧々橋があるようだ

今回は旧橋についての調査レポ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_0?1324213975

沢に降りようとして気づいた、左岸ワッフル擁壁に何か埋まってる〈紫枠内〉
今まで見過ごしていたが、光の加減でクッキリ見える
こりゃ石積みみたいだぞ

鍛冶屋敷沢左岸に旧橋の遺構は無いと思ってたが、幸先が良い

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_1?1324213975

沢に降りて最初に調べたのはこのコンクリ群

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上から見た時には下が浮いてるように見えたが、基部はしっかり埋まっていた

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_3?1324213975

やはりコレは橋脚の土台で間違いないようだ
H鋼の5本で支えていたらしい

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_4?1324213975

残るコレは何じゃらほい

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上下の凸凹構造物はちょいと創造が付かない、、、残りの一つを支えてる基部だったとは思うが・・・

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_6?1324213975

挟まれているモンは覗きこんで直ぐに分かった。これは橋台だ
埋め込みボルトが出てる。これで橋桁と連結してたんかな

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_7?1324213975

直ぐ隣の現橋と見比べれば判り易い。青い橋桁を支えるL字型の部分である

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_8?1324213975

旧橋のモノと思われる橋脚の土台と橋台の残骸を確認したが、
鍛冶屋敷沢右岸の旧橋の橋台を見て悩んだ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_9?1324213975

どう見てもコンクリの時代が違う。砂利等の成分で無く、出来てから過ぎた年月が違う
川に落ちてるコンクリより右岸の橋台は古いのである
また、どう見ても右岸の橋台の方が若干狭い。こりゃ違う橋のモンだ

うーん、うーん、と橋台を見てて気付いた。橋台の上・・・

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_10?1324213975

橋台の上にもう一個橋台が載っていた
落ちてる残骸は橋台2のセットのようだ

旧橋はさらに新旧の二代あったのである

狭い方〈橋台1〉の橋の上に、新たな橋を架けたのだ。当然古い方の橋は撤去されたと思うが・・・

橋台を見る限り、新しい橋〈橋台2〉の橋桁は薄かったようだ
橋脚もあり、系間2のコンクリ平橋かな。幅員は4m位か

古い橋〈橋台1〉は厚みのある桁、、鋼の箱桁か上路トラスか、、、
こちらが大正初期〈あるいはそれまでに〉架けられた最初の車道橋かと思う。幅員は3mちょい位

・・・長いメジャーも必要だな。出来たら橋長も測りたいトコだ

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対する鍛冶屋敷沢左岸は見る影もないワッフル擁壁
石積みの跡が判る程度でも大収穫だ
擁壁施工の際に旧橋の橋台とかを下に落としたんだろか、、、それとも災害?
〈災害であれば記録にある筈だ。調査する予定〉

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とにかく、ココには旧橋が架かっていたのは間違いない。それも二代
国道指定は現都橋の時代なので、旧橋は県道〈厚木御殿場線〉の時代のみ

二代目の広い方の橋が、いつ架けられたのか判れば、県道時代の道路拡幅とか判るんだけどなぁ
恐らく、清水橋~鮎沢橋の開通により、御殿場側と繋がった頃の昭和初期と考えられる
12/20追記.二代目旧橋については、推察が根本的に間違っておりました
後日詳細をご報告します

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_18?1324213975

1947年の航空写真で確認できた。当時はやはり旧橋が利用されていた
〈注.まだ新安戸トンネルが出来る前だから、安戸の旧道しか無い〉

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現都橋が架かる以前はもっと谷側に入る道であった
ここの右側・・・

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ガードレールの外側には、旧道〈線形〉時代のガードレールと、
カードレール設置以前のガードパイプが残っている
昭和30年代にガードレールが導入される以前のものだ

〈蛇足であるが、県道76号線の安戸~鞠子橋間にはこのガードパイブが結構残っている。一例
何れも川側で、道の川側は昭和20年頃と変わってないという事になる。
道幅の拡幅は、概ね山側を切り崩して行われたようだ〉

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鍛冶屋敷沢左岸側〈紫枠辺りが橋台として〉の旧道は・・・

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_16?1324213975

ワッフル擁壁の上が全て道路だった訳だ

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28944838_17?1324213975

「相模の橋 今と昔」の都橋竣工時の写真を、虫眼鏡で見てて気付いた、
まだ旧道の線形やガードパイプが生きてたのが写っている


旧橋について、現地で判った事は以上です
も一度山北町史などの資料を調査して、新たな事が判れば良いのですが

旧々橋についても後程レポします
2011/12/16

速報!鍛冶屋敷沢に降りてみた

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県道76号線、都橋再び

上から見た限りの想定の確認に来ました

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28936555_1?1324024143

下の鍛冶屋敷沢に・・・

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28936555_2?1324024143

到着。下から見た都橋はなかなか格好良い

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28936555_3?1324024143

旧々橋については色々調査して、確証を得ました。後日詳細

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28936555_4?1324024143

旧橋についても同様です。旧橋は少なくとも二世代の橋が架かってた
現道〈酒匂川左岸〉だけでも最低四世代も橋があった事になります

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28936555_5?1324024143

勿論、旧東海道本線である御殿場線の橋梁も堪能してきました
正式名が不明なんで鍛冶屋敷沢橋梁としときます

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28936555_6?1324024143

煉瓦のアーチと橋台が並んでるというのも珍しい

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28936555_7?1324024143

撤収!
さて、2枚目の写真と違うトコが・・

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/fe/4e/bazu55555/folder/109946/img_109946_28936555_8?1324024143

石を並べただけのサインです


沢に降りるのは危険です。それ相応の経験と装備があってできる事。安易に真似しないように!



上がってから気づいた
「しまったぁ~、上流の水路橋〈煉瓦造り〉まで遡上すればよかったのに~」
たった150m程上流です