2021/03/09

池田新田・堤新田を探せ

河川の整備で新田開発が行われるんが多いんで調べてるんだが・・・

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元和年間に開拓された池戸新田・堤新田
有望かと思いきや荻窪辺りに出来たんじゃ酒匂川水系に関係無い

小田原山角町持添【青線】という事は住民不在で田だけ開かれたらしい
(堤新田は民戸3あるが)

たんだ、池戸新田・堤新田など聞いた事のない地名だ

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方位からすると荻窪、水之尾、板橋の接する辺り
1町~3町20間のかなりの広さ

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こんな山奥だ
実際には接してるとかでなく方面で荻窪側の谷奥だと思われ
池戸新田と堤新田も隣り合ってるとは限らん

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それにしても情報が無い
Wikiにも載ってるのは足柄下郡のみで、その後の町村合併には出てこない

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なんでや~色々調べると明治22年に合併・再編される以前
明治13年に荻窪村に編入されてた

明治22年/荻窪村、谷津村、中島村、町田村、池上村、久野飛地合併
→蘆子村
明治41年/蘆子村、二川村、久野村、富水村合併→足柄村
昭和15年2月/足柄村→足柄町
昭和15年12月/足柄町、小田原町、大窪村、早川村、
酒匂村一部(網一色、山王原)合併→小田原市

と幾度にも再編されたからか、「字」名としても残ってない
(持添新田なんで基本住民がおらんかったし)

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荻窪の奥の方、、というと荻窪用水が出来て開かれたんか?
と思ったが、荻窪用水が出来たんは享和2年と江戸時代でも終わりに近い頃

と地図を見てたらそこいらに「堤」という地名がある
果たしてコレなのか
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そういや近くには溜池があった。池戸と関係があるんか?

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荻窪用水の出来る以前! 坊所川(こどもの森公園北側)から引いてた
とは言っても宝暦7年とちょっと古いだけで元和の新田開発には結び付かない

てな訳で時代が古すぎるのと、その後の開発がメジャー過ぎて情報が無い
気にはなるが、酒匂川水系じゃないので、これ以上突っ込んでは調べん

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2021/03/06

中世狩川プロト版

南足柄市・小田原市境の件」の狩川変遷の続きとなります

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北ノ窪と沼田の間にある新屋が、旧狩川跡と判明した訳だが、
ソコより下流は府川と飯田岡・清水新田の境が川跡と推測
左岸(地図右上)の飯田岡・清水新田が右岸にはみ出してるのだ
それを川跡山側(地図左下)に想定してラインを描いた

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明治地図でも境を確認。若干変わってるが概ね正しそ
穴部からは内堤防が有り、それが古い堤防と思われるんで、それに沿う形に

新編相模国風土記稿/穴部の記述で既に川沿い堤防があるが、
内堤を維持してたんは、度々氾濫があったからと思われる
穴部村、内堤/長150間(273m)高9尺(2.7m)
穴部新田、川堤/長500間(909m)、内堤/長300間(545m)

K74旧道は古くからある甲州道を継承してる
旧道の間は大丈夫そうだが、狩川がもっと激しければ被りそうなんで、
里道で繋がるか引いてみたけど、ちょっと苦しい
(この時期の狩川は酒匂川筋が流れ込んでて、水量デフォ多い。
川幅はもっとあったと思われるが、そこら辺は検証途中)

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集落は基本山裾にあって、旧川筋は田圃だけ
清水新田・穴部新田と新田開発された区間だ
飯田岡の楠地区(字楠)はモロ川跡だが、新田開発で出来た集落と思われ

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沼田より上流は、コレといったネタは見つかってない
駒形新宿~関本は高台に旧道があり、問題ないんだが、
狩川を渡る直前の岩原・塚原には旧道が無い

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里道を繋いでみたが、コチラもあまり芳しく無い

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岩原から塚原は若干の高台通るから、
K74=甲州道でも大丈夫なのかも知れない

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そこいら辺の話(古街道)と、旧酒匂川の流れを知るんに、
古い地図も調べてる
関東七州大繪圖、年代不明だが元禄の頃と思われ

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一部拡大
なんと府川・北ノ窪を通らず、狩川渡って飯田岡側を通ってるとな

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府川・北ノ窪、係ってないじゃん

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つまりこういう事だよな、穴部~府川の途中で狩川を渡り、
小台への道と分岐して北ノ窪の先で狩川渡って戻る・・・
あ、それがそもそも変遷された証なのか

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新屋は正保/飯田新屋村、万治/飯田郷新屋村、
元禄/新屋村と記されるので、先の図は元禄より古い可能性があるが、
単に新屋の名が古かっただけかも知れない

とまぁ中世狩川の最初としては、こんなモンかな

2021/02/27

南足柄市・小田原市境の件

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以前話した気がするのだが過去記事が見つからない・・・
K74小田原山北線/沼田(大雄山線/相模沼田駅)付近の
市境がハチャメチャな件だ。そん時は細かい話すると大変なんで横着したが・・・
過去記事見つかりました

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細かい話、字を入れるとこんな風になる。赤系が南足柄市、青系が小田原市
参照した地図のせいか、疲れて細かい線引くの面倒になったのか、
所々境が一致しないとか問題あるけど、大体判ればよいよな
念の為拡大画像

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今回、故事を調べてて、南足柄市沼田と小田原市北ノ窪の境にある
小田原市新屋の訳が判明した【水色マーク】

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大日本地誌大系(新編相模国風土記稿/図中間違い)にあり
新屋村【赤線】の狩川は
「古は沼田北ノ久保(窪)村界を流れしが、川瀬変遷して今は全く村内に入、
西方を流る」【青線】
「川跡を新開して古川新田」【緑線】
元禄国図では古い流れのようで、その後に川の流れを変えた事になる
旧川敷は新田にしてるので、その部分が新屋地として残っている

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も少し判り易いのが公文書館の足柄上郡役所文書にある
明治23年の「足柄上下郡の境界に付下郡役所調書の件」
で、上下郡の境を変更するに際してどーだこーだあった時のモノ

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その一部拡大。狩川右岸(川より左手)に新屋が二ヶ所、小台もある
即ち、二ヶ所の新屋を繋いだ部分が古狩川という事になる
小台は元々地続きだった訳だ

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上流側の新屋はどちらかに吸収されてしまったようだが、
沼田-小台の境から繋がるので凡そそこいらだろう
水色マークの新屋部分に繋がるこんなラインが旧狩川となる
下流側は資料は無いが飯田岡駅先で現狩川に出るか、
穴部の旧道は山道になるんで、そこいらまで絡んでるかも知れない

酒匂川が塚原辺りで合流してた頃の狩川は、かなり水量があった訳で、
その頃はもっと川幅があった筈

新屋の川瀬変遷が元禄(1688-1704年)以降なので、
既に酒匂川も変遷後、狩川も現在程度の川幅に近かった筈だが、
新屋村での川幅は14間(25.5m)~20間(36.4m)と記されてる
現在のそこいらの川幅は70mあるので、ちょいと差が大きい

大日本地誌大系(新編相模国風土記稿)の狩川の幅は、
上流狩野村から9-14間、18間、14間、14-20間(新屋)、40間、28間、40間
と、ちょいとオカシイ所があるんで、別に確認する必要があるかも


2021/02/24

酒匂川右岸故事

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この資料の件はお話ししただろうか・・・
酒匂川用水農業水利改良計画図である
酒匂川右岸、現在の南足柄市~開成町にあたる地域の
農業用水に関する資料で、戦前の昭和7年の様子が描かれてる

公文書の公開する中から見つけたんだが、文書は豊富でも図系は数少なく、
見た時は小躍りする程だったんだが・・・
昭和60年頃の航空写真と比べてもあまり変わりが無い
一部水路が変わってたり、田圃が整理されてたりするが、基本は同じ

一番変わったのは

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ここな。当時は酒匂川から直接取水してたんが、
福澤第一、第二の発電所用水から分水する形となりました
実施されたのが昭和8年
即ち、この資料は取水側の変更前資料だったのです

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現在残ってるのは大口橋下の一ノ堰のモノだけで、
よくぞあんなトコから取水してたなと感心
ちなみに、この写真は2020年7月で熊本豪雨と呼ばれ、
九州・中部地方・東北などに被害が出た時の様子である
(気象庁名/令和2年7月豪雨)

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発電用水から分水する以前は、先の図の通り酒匂川から取水してた訳ですが、
上流で無く直ぐ脇で取水してた訳ですから、
酒匂川の水位は取水口より高くないと取り込めません
用水側が標高74m位で6m高さの堤防を貫いてた事となり、
(田植え時期などは)日常的にこの水位だったのが恐ろしい
大雨が降った時などはコレより増水するんすから
(キャパ5m位っすよ)

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とはいえ、直ぐ下流に取水ダムとかあった訳では無く、
山間を流れてた酒匂川が平地に出て直ぐなんで、
土砂が堆積し易く、河床が高かったそうです

現在の河床は下がってて、先の図にも書いてありますが
河原で標高71m位

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そこいらに堆積して河床が高くなるみたいですね

1970年に三保ダムが出きてからは土砂の量も減って、
右岸には河川敷グランドなどが出来ても問題無いし、
然程心配する事は無いのかも

さいでも増水時でなくても取水口近くまで水位が上がってた時もあるので、
時折浚渫してるようです
https://bazu55555.fc2.net/blog-entry-2493.html

なんの話だっけ?
そう、この資料は右岸用水路系には殆ど関係無く、
今回の中世酒匂川の流れを調べるには、まったく役に立たなかった
というか、取水だけ変えるなら、図もソコだけで良かったろうに


2021/02/17

富士山ハザード

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富士山/宝永火口噴火を想定したハザードマップ/関東における降灰状況

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元ネタは1707年の宝永噴火である
宝永4年11月23日(1707年12月16日)に噴火が始まり、
12月8日(12月31日)を最後に噴火は収まった。僅か16日間の噴火であるが、
降り積もった火山灰で足柄平野での土砂氾濫は約100年間続く事となる

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(注.噴出量は比較の為「億㎥」に換算したが間違ってたらゴメン)

僅か16日間だが富士山噴火として記録が残されてる中では最大である
以降では1914年の桜島大正噴火が若干大きかっただけで、
近代での1944年有珠山、1990-1995年雲仙岳を遥かに凌駕する

近年人的被害が出た2014年御嶽山や2018年草津白根山は水蒸気爆発なので、
本来はこの表に載るレベルでは無いのだが、噴出量比較の為追記した

個人的には夜の海岸から見た1986年伊豆大島噴火がヤバかったのだが、
噴出量的には小物なのか・・・あん時はオワタ思ったんだが
【青線下がリニアに知ってる噴火だが、映像等もあるのでぐぐれ】

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富士山s データ(壱)で造ったグラフは、富士山の風向きを確認する為で、
通年凡そ西風というのは判ってたがこれ程極端だとは思わなかった

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なんで調べたかというと、
2011年東日本大震災における福島第一原子力発電所のメルトダウン~
放射性物質の拡散である。神奈川県にまで飛んでくるなど思いもしなかった

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当時の天気図を見ると、14→15日、21日に低気圧が関東南部を通過してる
(関東は西高東低の冬型で晴れが崩れて雨天となる典型)

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気象データアーカイブ(注.実測値では無い)で
雨雲っぽい標高1000mの風向データを見ると、
3/15、3/21に福島から神奈川の風の流れがある

富士山でも北東、東の風吹いてるやん【ピンク矢印】

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実際、富士山の噴火でも南西側に降下スコリアを堆積されてるケースや

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西側に堆積さてるモンもある
流石にコレは紀元前1万年なんで、今の富士山とは大分違うとは思うが

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てな訳で前出の風向の傾向から、西に偏った年月を除くとこのようになる
北や東が多い年月もあるのだ

まっケースとしては少ないので可能性は低いが、
現代に宝永同等の噴火があっても、火山灰被害は同じとは限らない
デメタシデメタシ・・・となる筈だったのだが

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資料を読み直してみると、
宝永噴火時の噴煙高度は最高15.2km、平均で10.8kmと推測されるとな!
数千mじゃ足りんのか、駄目じゃん

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宝永噴火、甘く見てました。流石有史上最大の富士山噴火


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てな訳で高層気象データから引っ張ってこなきゃならず、
気象庁の高層データを眺めてたんだが、ぐぐってたらこんな良いものが

高層気象の観測データから【水色アンダー】
違うパターンの15日間を選び【ピンクアンダー】
宝永噴火の実績データを元にシミュレ—ションしたものである

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高層の風向は気象庁の館野ゾンデ観測データを元にしている
300hpa(高度1,500-10,000m)、500hpa(高度4,900-5,700m)だが、
やっぱ西に偏ってるのは同じだ【表中赤線内】

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細かいパラメーターとかは省くが、ケース1/西風卓越。宝永噴火に近い

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ケース2/西南西卓越。東京方面の被害がより一層となる

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ケース3/風向の変化が大きい南よりの風。もうアッチコッチだな

所詮シミュレーションであり、基本西風なんで可能性は低いが、こんな事も有り得る
他力本願だが、凡そ考えてた結果が出て、良かった~

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富士山の噴火は宝永噴火だけじゃなく、有史では10回程噴火してる
(紀元前1500年以降は頂上火口でなく側火口の活動がメイン)
そっちも心配せねばならん。地元ではちゃんと対溶岩流のハザードマップとかもある

共通マップ
http://www.bousai.go.jp/kazan/fujisan-kyougikai/fuji_map/img/common_h.jpg
他に富士吉田市、御殿場市、富士市、足柄上地区、小田原市のページがある

まっ水蒸気爆発でなく、マグマ噴火であれば、それなりの予兆は有るんで、
今んトコ心配するこたぁ無い

宝永噴火では雪が融けるとかじゃなく、数日前から地響きが始まり、
前日にはマグネチュード4・5程度の地震が数十回発生してる