2019/12/09

近況報告

仕事とその他多忙の為、御近所探索・巡回等できません

1_20191209081259545.jpg

仕事の方は消費税値上げ、というか軽減税率対応の目処が付き、
Windows7サポート終了(2020年1月14日)の為のPC入替作業MAX状態です
Windows10機に入替るんすが、初期化設定とVer1909更新などあり、
なんだかんだと数時間を要するので、
出来るトコまでやってクライアントに持ち込みます
今週中にまだ数台入って来る
基本放置で済むんで、ちょいとそこいら、、と行きたいトコなんすが、
Yahooブログ消滅が12月15日なんで、それまでにリンク修正も終わらせんといかん
(終わんねぇ~)

2_20191209081301439.jpg

そして予定外イベントが・・・
うちの母親の調子が悪く、御近所で見えもらうが、膝に問題があるようだ
20年程前に人工関節に入れ替え、サイボーグ化したんすが、
手術した病院に行って検査した処、パーツの一部が寿命との事
(そもそも20年位しか持たんそうだ)
てな訳でオーバーホールする事になり、あと一回検査して入院・手術が年内(今年な)

ただでさえ忙しい12月なのに、Windows7の件も含めて怒涛の忙しさとなってます
後回しに出来る仕事は来年に廻してますが、
いかんせん病院通いに物理時間が取られてるんで、自由に使える時間が無い
(というか既に足りて無い)

てな訳で年内~正月明け~暫くの間は、なかなか更新できんです


スポンサーサイト



2019/12/01

プログレイアウトの変更中

前の奴が横幅制限があって弄ってたんだが面倒なんで、
とりあえず制限のない奴テンプレにしてみました
配置的には変わってない筈
もちょっと弄る予定
2019/12/01

引越し後始末

YahooブログからFC2ブログに引っ越したんすが、
内部リンク(旧記事参照)のURLはYahooブログの記事のままで、手直ししてるんすが、、

01_20191201014058612.jpg
FC2ブログの管理機能で記事検索できるじゃないか、コレならすぐ終わる・・・と、完了

した筈なのに、FC2ブログの方見てると直ってないトコが残ってる
検索で(なぜか)引っかからないのがある

02_20191201014059fe0.jpg

じゃ外部の検索でと「くぐって」ヒットしたモンを直して、、、と、完了

した筈なのに(繰り返し)
たかが2400程度の記事しか無いんで、頭っから見直してとするるも、
人力チェックでは手間出し見落とし多数でるし
暫し考えて・・・

03_20191201014101f7d.jpg

そーいやFC2ブログではバックアップ機能があったな
ソレで落として、ソースを直に検索すれば見落とさん
と、最終チェック中です

04_20191201014102103.jpg

ソースの「href=」になってるURLを検索し、ターゲットがあればその分、
無ければ近場の文字列などをキーにして

05_20191201014104fde.jpg

内部リンクはこんな風になってます。念の為確認

06_2019120101410595f.jpg

修正の為「編集」するんすが、ターゲット文に貼られてるURLを修正しようとしても、
「リンク(リボンみたいなアイコン)」で修正を選んでも、旧URLが表示されない

確実に直す為にはターゲット文を一度削除し、登録し直すのが良いかも知れません
(あ、画像中の文が変になってる
赤文字「作成し直すリンクを」→「リンクを作成し直す」)

07_20191201014107bd9.jpg

そんな手間かけられん
HTMLが判る人なら、HTML表示にしてソースを直に直した方が早い

HTMLで直せるなら、ソース直してアップロードすりゃ良いんでねぇ?
と考えられるんすが、修正中に記事一切書けないし、新規コメントは消えてしまうんで、
駄目でしょうね

08_20191201014108ab2.jpg

記事文の方はコレで片付きそなんすが、コメントに大問題があって、解決方法が判らない
(色々ぐぐってはみたんだが)
そもそもコメントはコメントの管理で検索/承認/削除は出来ても編集の機能が無い

09_20191201014110805.jpg

開いて直に変更しようとしても

10_20191201014111cc8.jpg
引越しでコンバートしたんでコメントのパスワード登録されて無い
→修正しようとしても「パスワード設定がされてないため修正できません」といわれてしまう
(管理者モードとか無い)

コメントに関しては、ほぼ手詰まりで
削除は出来るんで一度削除して入れ直す事位しかできません
(勿論、新規コメントになるんでレスの流れとかオカシクなる
完璧を求めるなら、レスも含めて全て入れ直ししか・・・)

妥協点としては、正しいURLはコチラと、コメント追加する位ですね


Yahooブログが12月15日で消滅してしまうんで、
それまでに修正した方が「以前の記事が見れて確認が確実に出来る」んで、慌てて修正中です


最大の障害は、昔の記事みて「懐かし~」と読みふけってしまうのと、
記事の間違いに気付いて直し入れたりしてる。ぅぅっ、終わんね

2019/11/30

川音川洪水エリア

撮影日 2019年10月~11月

01_20191130065721c70.jpg

10月12日の台風19号で川音川は避難準備判断水位を超え、ちょっと危なかった
上流域がそんな広く無いんで、滅多に大水が出る事もなく、堤防水位のキャパもあんま無い

近代で調べてる途中だけど、未確認含めてもこんだけ
昭和12年か13年、小田急鉄橋に被害が出たとかなんとか【未確認】
昭和33/1958年、9/25台風21号店屋場堤防半壊(左岸、御殿場線橋梁上流)

02_20191130065722851.jpg

松田の扇状地で氾濫したら、川もカーブしてるし、昔の河道を流るんかな?
昔の川の流れを知っとくんは、防災的にも意味があって、、、

あ、それならハザートマップ見れば良いんでね?
前に見た事あったな、なんか変なトコ流れてると思ったんだが、
当時は昔の流れなど意識して無かった
ひょっとして、ハザードマップの流れは昔の河道になってるのか?

神奈川県/河川の氾濫による洪水浸水想定区域(水系毎に各河川)
見に行ったら図が増えてる
想定最大規模、浸水継続時間、計画規模、
家屋倒壊等氾濫想定杭地(氾濫流)、同(河岸浸食)

平成27年までは「河川整備の目標とする降雨」が対象で、
平成28年以降で新たに「想定し得る最大規模の降雨」が対象になり、その浸水継続時間。
一定条件下において堤防決壊、家屋倒壊・流失、河岸浸食が対象の
「家屋倒壊等氾濫想定区域」と強化されてます

氾濫洪水域としては洪水浸水想定区域の「想定最大規模」と「計画規模」の2枚となります

計画規模は以前からある図で、お役所解説はまどろっこしいんで、簡単に言えば
「30年~200年に一度発生する降雨レベル」という事になるらしい
(川によってレベルが違い、一級河川/100~200年、都市河川/50~100年、
その他河川/10~50年なんで、一括りにすると、、という事らしいんだが、どういう計算?)

想定最大規模は、文字同降りなんで概ね「過去最大」と見てよいと思います
特に川音川等の支流においては、本流の酒匂川も増水して、、という事になってると思われ
(全河川の説明のみなんで、細かいトコは書かれておらず推測)

03_2019113006572446e.jpg

まぁ、図を見てみましょ。元の区域が淡い色で非常に見難く、勝手にハイライト色に変更
左が計画規模、右が最大規模。最大は多分宝永噴火後の水害がモデルと思われ

故に最大で酒匂川沿いの流れが発生してますが、
それ以外は大変興味あるデータになってます
これは旧河川図と照らし合わせてみる価値があるな

区域区分が50cm、3m、5m、10m、それぞれ未満なんで、
実際の水位は真ん中の色分け縦棒いイメージとなります
(10m、すなわち5m以上10m以下の区域は、このマップ中にありません)

洪水被害の実情を調べると、
30cmで人力での避難行動が困難/不可、2mで1階水没、5mで2階水没、、
当になってるんで、
「50cm未満」と言われても避難出来るんか判らんし、
「3m未満」に1階の床上、1階水没、多分2階でも水被る
(あるサイトでは2mで家屋倒壊の恐れとあった。流れのあるトコだとヤバいらしい)

上からの指針なんだろうけど、避難や救援の実情にあわせたレベルの区分が欲しいです
あと、ぱっと見て判るようなドギツイ色で区分表示すべきと思う

04_20191130065725049.jpg

という訳で扇状地に近いトコだけでも図造って比較してみました

ぉぉぅ、ちゃんと古代の河道流れるんすね
中世(江戸初期か中期位まで)の河道は、、アレ?流れてるトコ大分違う
むしろ謎の流域流れてて、ますます謎が深まる

図をよく見ると黄緑線で流れが阻害されてそうです。もう中世の流れはしない

05_20191130065727a86.jpg

流れを変えてる最大の要因は御殿場線鉄道堤です
流石明治22/1889年開業(当時、東海道線)で、
基本立体交差せず、踏切で越えてるんで、
川音川橋梁から国府津方 2.3㎞程は、堤防とも言える程の鉄道堤が続いてます

06_201911300657280cb.jpg

R255陸橋から
鉄壁だと思うんすが、最大規模だと相模金子駅辺りからココラまで超えるらしい
上大井駅近くになると山裾に近づくんで、地面より若干高いんすが、差が小さくなります
けど、古代河道もハザードマップの氾濫域も山腹から離れるんで、
御殿場線の堤防効果もなくなります

07_20191130065730942.jpg

道路はキホン踏切、、なんすが、アンダーパスしてるトコもあります
概ね元河川橋なんすが、河川を地面下に流して、その上に道路と改造されてる
それ以外にも管や暗渠で御殿場線を潜ってる水路もあります

08_20191130065731e00.jpg

最も大きいのは県道78号線が潜る河原立体です(1970年代~)
ハザードマップはこの手の開口部とか計算してるのだろうか

09_2019113006573346d.jpg

国道255号は松田橋~高架橋~国道246号へと登ってくんで、堤防になるだろ、、
と思ったのに効果無い
現地確認に行ってみたら711(コンビニ)の辺りじゃ、周りと殆ど差が無い
ピンク線の辺りだと若干高くなりだしてる

ああ、そうか此処も扇状地で地面の方もドンドン高くなるんか
ちなみに、その関係で道路より左側(西側)の方が一層低い

10_201911300657341da.jpg

意外と気付かなかったんすが、東名の大井松田ICのゲートとランプ。
一帯が盛土された島になってるんすね。それで氾濫流が二分されてる

11_201911300657364fd.jpg

島じゃなく本線に向かって陸続きだろ、、と思われるかも知れないけど、
ランプとゲートの間を県道72号線と旧道が潜るんすが、纏めて高架橋となってる
此処をふさぐ事できれば、洪水域は大きく変わるが、上流側の住民が黙っちゃないだろな

国道255号、ICから御殿場線跨線橋まで、計画規模の流れを制水してる風に見えるが、
現地でも「国道の方が若干高くなってる」程度で、
ソコラで古代河道は概ね和田堰で、堰沿いの方が低いから、
国道を越えないだけなんかも知れない

地図合成しなかった「もっと下流」は、
御殿場線の影響もなく、概ね旧河道を通ってると思われ
他資料も合わせて、酒匂川左岸として纏めようと思う

2019/11/28

川音川沿い交通史

たからったさんの「埼玉発 おとなの小探検」で、ココラが取り上げられたんで、
ちょいと後回しにしてましたが、
小田急線台風被害の件繋がりで、川音川及びその上流川沿いの交通の歴史を纏めました

01_2019112803272987c.jpg
昭和33/1958年の小田急線、川音川沿いを走りますが、
写真奥が寄入口、左に中津川、右に四十八瀬川の上流となります
右岸の国道246号は出来ておらず、左岸の旧道のみ
(昭和31/1956年に二級国道東京沼津線の指定はされてるけど、
旧道としては神奈川県主要地方道東京沼津線)

02_201911280327302a3.jpg
川音川(及び上流)沿いの交通を全部書いたら凄い事になった

現在のメインは国道246号【オレンジ線】で、
道路として出来たんは、橋梁の架橋年から1960年代です
その前が旧県道【ピンク線】で、甘柿橋の架橋は昭和17/1942年までしか遡れてなく、
大正時代の地図によると一部別の道が設けられてたようです【緑線】
ちなみに、この間に小田急小田原線が昭和2/1927年に開通してます【紺線】

それ以前は江戸時代からの矢倉沢往還【茶線】が川沿いに進み、
沓掛から山道で曲松に登ってました
江戸以前は川沿いでなく、篠窪峠を越える山道で
稜線道が正しければ峠以上のピークを越えてた事になります

秦野盆地は西側が高く、神山(松田)から曲松(渋沢)へは、
どんなルートでも峠(?)を越える必要があります

03_201911280327321ef.jpg
国道246号も、東の善波峠の方が高そうに見えますが、
実際には新善波トンネルの標高は160m位なんで、渋沢側の高台の方が標高が高いです

高台は四十八瀬川と金目川の分水界になってて、
一番低いトコは、小田急線の通る辺りで、
標高差は10m程度ですが、旧県道は何故ソコラを通らんかったんでしょね

04_201911280327333e5.jpg
本題としては交通路と水害なんで、川音川沿い矢倉沢往還を描いてみました
明治地図から起こしたんで、江戸時代とは違うかも知れませんが、
数代の明治地図ですら一部ルートが変わっているという・・・
下流の新道は上茶屋という字名があるとおり、
新道造って旅行客の奪取が行われたんでしょね
(明治22/1889年に東海道線/現御殿場線が開業紫檀が大きいと思われ)

それは別にしても上流で川を渡る場所が変わってる
おそらく水害等で橋が流され、別のトコに架けざる負えなかったと思われ
(一部の道は現存してます。未レポ)

05_20191128032735c8e.jpg
当時の川音川筋の流れは、制水されておらず、自由に流れてたんかと思いきや、
店屋場公園の展示物が昔の制水を物語ってました

06_2019112803273697a.jpg
読み難いんすが、なんとか解読。富士山宝永噴火後の水害に関する絵図なんすが、
なんと川音川部分だけでなく、四十八瀬川にも土手が設けられてました
中津川合流近くまで土手があり、内側は概ね水田と思われ
場所によってはソンナトコに土手あったんか!と不思議だったんで現代と比較してみたが、
考えてみりゃ当時の河道は違ったのかも知れません

宝永噴火以前から土手が設けられ、それなりに制水したから
矢倉沢往還がコッチになる事が可能だったのかも知れません

けど、沓掛から登らず、もちょっと先からなら、分水界の低いトコ、、、以下同

07_20191128032738c40.jpg
大正時代の道は左上地図になります
特徴的なS字【赤線】は右上の航空写真でも確認できるので、場所的に此処と思われ、
現代地図【上中】にトレース【ピンク線】するとソレっぽい道に当てはまるんすが、
S字が1.25車線なのに、国道246号カルバートから先はホントに1車線しか無く、
古い航空写真でも車道レベルの確認できない
S字から橋までは別に川沿い道があったのかも知れません
(左岸は段丘になってて、航空写真でもグリーンベルトで別れてます)

大正期の橋のスペックが判れば、車道だったか判るんすが、今んトコ橋名すら不明
(堀西001/旧826の田頭橋辺りか?同橋は1959年木橋~)

08_20191128032739678.jpg
旧県道の甘柿橋も、昭和17/1942年以前が判れば良いんすが・・・
しかし、当時既に県道2号秦野御殿場線(S11/1936年)だっのに、木橋ですか
旧橋も既に神奈川県主要地方道東京沼津線(S30/1955年)だっのに木橋

(てつむしさんの「てつむしのブログ神奈川県公文書館記事中、
昭和39年度橋梁台帳にも甘柿橋/木橋の写真がある)

甘柿橋は結構重要な路線なのに、なんで永久橋化が遅かったんでしょね?

09_20191128032741101.jpg
甘柿橋または別の橋、調査で大正2年の神奈川県誌に、、、
河内橋【赤線】(寄入口)は載ってるのに、秦野橋(水無川)との間が無い
しかし河内橋、当時既に幅員4.53mあったという事は荷馬車等の通行があったと思われ

10_20191128032742ea1.jpg
大正2/1913年開通の十文字橋と同じ幅員です。よくある記載ミスでなければ

11_2019112803274438a.jpg
続いて車両通行の鉄板となる全国乗合自動車総覧ですが、
松田-秦野間の路線があるのは足柄自動車KKのみで、
しかも開業は昭和2年。小田急線開業の時じゃないですか
上秦野・西秦野・平沢経由なんで小田急線駅間見越してかな

12_20191128032745254.jpg
それ以前~と資料を漁ったら、大正10年の神奈川県自動車案内に記載がありました
松田駅から乗合路線は関本のみなんすが、個別の行き先【ピンク枠】で秦野があります
国府津。二宮より安いんでソッチ周りじゃなく、旧県道ルートで行った筈
秦野側でも松田駅の便があるんで、そちらからも行き来してたもよう


肝心の水害被害は、宝永以後の近代で探してるんすが、良いデータが見つかってない
甘柿橋or別の橋の件といい、調査は引き続き行ってきます
(水害史と橋梁史は密接な関係だし)

オマケ
13_201911280327478b0.jpg
川音川支流の中津川、川沿いに描かれてる道は現存しません
国土その他は目一杯、松田町の都市計画図でも一部描かれてますが、
実際に残ってるのはピンク線の部分のみです

キャンプ場の人の話によると、以前行われた堰堤工事【青】の為に造られたブル道で、
仮設工事道という事になります(注.本人が見たのでなく、当時の人から聞いた話)
工事終了で現状復帰、、はキャンプ場周辺が残ってるから違うんで、
普通に川の流れで消えたと思われ

なんでそんな道が地図に載ったんでしょね

14_20191128032748da2.jpg
キャンプ場周辺に道が出来る以前の1961年だと、
下流域にブル道が出来てるのは確認できます
けど、こん時既に堰堤【青丸】は出来てるんで、堰堤工の為じゃなさそです

地図にあるように山腹に道造ったなら、現地や10年程度後の航空写真で
まったく確認出来ない筈は無く、ずっと川沿いだったと思われ
上流に出来た作業道【ピンク線】は以前写って無いので、そこら辺の為と思われるんすが、
この工事が何だっのか、、色々探してるんすが見つかってない